#6 Chapter1「運命の町・フォーチュン」


 フォーチュンは山脈に囲まれた荒野の中に、ぽつんとある小さな辺境の町だった。

 町というよりかはほぼ集落に近く、古いトレーラーハウスや小さな家などが一箇所に集まっている。給水塔や雑貨店という名前の何でも屋…を、急ごしらえで後から増やしたかのような町だった。

 クリスとエルはこの町の唯一の警官だ。彼らはこのピックアップトラックを寝床にしているらしく、車でフォーチュンから離れた牧場や遠地の住民の家を巡回しているようだった。

 …何故ここまで詳しいかって?つい数時間前に、町の景観をスクリーンで観たばかりだからだ。

 

「…なあ、マジなのか?ここが映画の中だって」

 

 町の中心部から少し逸れた場所に車を止めて歩いている最中、テッタが耳打ちしてきた。

 

「…多分」

「ッオイ、テキトーだな」

「だって…」

「だってって何だよ」

 

 テッタの凄んだ声色に思わず怯む。突拍子もないことを言われて、理解が追いつかず苛ついているようだった。しかしここが現実の世界ではないことだということは、カヨコは確実に感じ取っていた。

 仮にこれがドッキリだとしてもこんなにリアルで、大掛かりなものなどないだろう。おまけに野生動物に命だって脅かされたし。


「………」

「…オイ、なんで黙るんだよ」

「…だって…」

「まただって…かよ。お前、急にベラベラ喋ったかと思えば話さなくなったり、変なヤツだな」

「……っ」

 

 その言葉に顔が熱くなるのを感じた。カヨコの脳裏に思い出されるのは、あのクラスメイトたち。

 変なヤツ。やばい女。おかしなものを見るような、あの冷やかな視線。さっき湧くことのできなかった怒りが、今になって目の前のテッタに燃えてくる。


「だってこんな…!」

「オーイオーイ、女の子にそんな口調よくないぜ?ボウズ」

「…あ?」


 二人の合間にやって来たのはクリスだった。自然な動作でカヨコの肩を抱いて引き寄せ、やれやれと眉を下げる。

 

「おたくら何があったか知らねえけど、な?痴話喧嘩はやめとけよ」

「入ってくんなよオッサン」

「お〜いお〜い!オッサンじゃねぇのよ俺ちゃんは!ボウズから見りゃそりゃ年行ってかもしれねぇけどさあ」

「あ…あの…」

「彼氏サンずいぶんだなあ。こんなヤツほっといて俺と楽しまね?」


 な?とウィンクするクリスにカヨコは思わず目を背ける。真正面から受ける、大人の男の色気はまだまだ思春期のカヨコにはあまりにも強烈だった。

 

(かっかっ顔が……!近っ…!近!)

「俺たちそんなんじゃねーけど」

「お?じゃあ兄弟か?」

「どう見ても似てねーだろ」

「楽しんでるとこ悪いが、電話。しなくていいのか?」

 

 三人の様子を呆れて見ていたエルが声を掛けてくれた。クリスが「そらそうだった」と、カヨコの肩から手を離したのを見てようやく解放される。


(ほあー……心臓に悪い…まだドキドキしてるぅ…)

 

 そうだった。クリスは無類の女好きでお調子者、エルは真面目で兄貴肌。デコボコに見えて相性のいいこの二人組。兄弟であり相棒であるこの二人の掛け合いや、コンビネーションがこの映画の持ち味だと聞いたことがある。

 

「メガネ」

「………」

「メガネェ!」

「ッひゃい!」

「呼んでんぞ」


 不機嫌なテッタが首をクイッと傾けて、雑貨店の前にいるエルを示す。エルはテッタのようにやれやれ、とした様子で雑貨店にカヨコを招き入れていた。


 ここが映画の世界だとして、おそらく登場人物じゃないのはカヨコとテッタだけだ。どう見てもキャラ的にも格好も浮いているし。だとしたらどうにかこの世界から抜け出すためにも、彼と協力しなければならない。

 そのためにはこの映画について彼に話さなければ。あらすじだ。大まかなストーリーライン。

 テッタはおそらくあのままずっと寝ていたのだろう。クリスやエルと会った時のあのリアクションでそれを察した。始まりから出てくる彼らを知らないということは、多分序盤から半分以上観てない。

 

「教えないと…」

 

 フォーチュンまで来て、おそらくこれから起こる展開は。この後のシーンは。カヨコは必死に数時間前の記憶を呼び戻す。


(ああもう、そこまで細かく覚えてないって…!)

(町に来て、二人がいて、それから…)

(てか待って、この映画のジャンルは確か…)


「なあオッサン」


 テッタが突然遠くの山を指差した。近くにいたクリスが寄って、同じように視線を合わせる。

 町から見える山々の斜面に、ぽつんと小さな建物がぼやけて見えた。掘立て小屋のようなもの、目が良いテッタにはそれが小屋だと分かった。

 

「あそこの家みたいなのって何だ?」

「ああ、あれか?あれは──」 


「ダメ!」

 

 カヨコが突然声を荒げたので、テッタは驚いて目を丸くさせた。ここが映画の世界で、もしあの観たままのストーリーであるならば。

 この後の展開がカヨコの頭の中に走馬灯のように流れてきた。そして映画による数々のセオリーやルールも。

 

「その話をしちゃダメよ!」

「えっ」

「あの小屋のことを話したら──」


 その時だ。ぴたりと時が止まった。

 そしてカチリ、と音がしたかと思えば周りの風景が一変した。辺りは一瞬にして暗くなっていた。日が落ちて夜になっていたのだ。クリスやエルの姿も消えている。

 二人は町ではない場所にいつの間にか移動していた。山の上だ。先ほどテッタが指し示した小屋が目の前に建っていた。町から遠く離れた、山の中腹にぽつんとあったはずなのに。

 

「どう…なってんだ…」

 

 テッタが震えた声を出す。目の前に自分に起きたことが信じられずにいた。ここに…いや、この世界に来てから。あり得ないことが次々と目の前で起きている。


「ああ…やっぱり…」

「おいメガネ!いい加減教えろ。今何が起きたんだ?」

「場面展開よ」

「は?」

「…ストーリーが進んだ…ってことは…この後…」

 

「うわあああああああああ!」

 

 つんざくような悲鳴が響く。小屋の方からその悲鳴が聞こえた後、数回銃を撃つような発砲音も続けて鳴り響いた。街灯もない静かな暗闇に、乾いた発砲音だけがこだまする。

 金属バットを構え周囲を警戒するテッタの後ろで、ぶつぶつとカヨコは何かを呟いていた。

 

「何だ今の…!小屋の方からか!?」

「そうよ、やっぱり展開通りになってる…」

「何がだよ!」

「この世界についてよ!」

「はぁ!?」

 

「この映画は…人食いミミズが出てくる作品なの!」


 

 

 

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ムーンライト・シネマ Film1 Death Crawlers 花畔しじみ @shijimi_bannaguro

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