2.イニシェリン島の精霊 ★★★★★ ネタバレあり


1923年のアイルランド内戦を対岸の火事として臨む、アイルランドの孤島を舞台にした友人同士だった男性二人の仲違いのお話です。

この作品を観る前に、アイルランド独立戦争とアイルランド内戦について概要を知ってから観ると本作の見方が変わるかもしれません。(と言っている私も映画を見終わった後に概要をウェブで検索した程度なので、もう少しお勉強が必要だと感じております。)


男性二人の仲違いというのが、若者同士の一時的な喧嘩というものではなく、俳優の年齢から察するに四十代と五、六十代の男性達で、仲違いの内容も修復不可能に思える内容でした。


海となだらかな地平線、風光明媚な美しい自然が広がるイニシェリン島で平和に暮らしていたはずのパードリック(推定四十代)は、ある日突然、友人のコルム(推定六十代)から絶交されてしまいます。これからは自分の時間を有意義に過ごしたい、作曲をして後世に自分が生きた証を残したいというコルムに納得いかないパードリックは、拒絶にも関わらずしつこく友人につきまといます。

他の人間を巻き込んで仲直りをしようとしては失敗し、周りの人間もコルムは本気だと気づき始めてパードリックに忠告しますが、それでもパードリックは執拗にコルムに関わり続けます。自分の価値感で理解できないものを無理矢理自分の価値感に合わせようとするパードリックの空気を読めない愚かで自己中心的な振る舞いを見ていると、コルムが彼に愛想を尽かせてしまった理由も分かるような気がし、コルムに共感しながら話が進みます。


なかなか諦めようとしないパードリックに、次第にコルムの拒絶はエスカレートしていきます。これ以上話しかけたら自分の指を切ると宣言し、それでも話しかけたパードリックの家に赴いて、切った自分の指をその玄関のドアに投げつけるのです。

(その切った指がリアルで、結構引きました……)

 

このあたりで、コルムにも感情移入できない部分が表面化していきます。確かにパードリックを疎ましく思う気持ちは非常に良く分かるのですが、指を切ってしまうとなると、元々言っていたはずの、余生は作曲をして過ごしたい、という目標を実現化していく上でその手立ての一つであるバイオリン演奏に、大いに支障が出て来てしまう訳です。

ここまで来ると本末転倒であり、そこまで意固地にならなくても、という気持ちになってきます。


更に、コルムに絶縁されて他に相手もいないパードリックにつきまとっていた知的障害のある(と思われる)青年ドミニクも、途中でパードリックの意地が悪い部分に気がついて離れていってしまいます。(ドミニク役のバリー・コーガンの演技はリアルで、ドミニクそのものとしか思えませんでした。他の作品で他の役を演じている彼も見たくなります)

同居していた妹も住民達の密かな悪意に耐えかねて島を去ってしまい、パードリックは本当のひとりぼっちになります。

つい一ヶ月ほど前までは自分を幸せだと思っていた彼が、坂道を転げ落ちるように孤独になってしまったのです。

最後には飼っていたロバもコルムが発端となる不慮の事故で死なせてしまい、唯一の話相手も失ってしまったパードリックは、コルムへの復讐を決心します。このときのパードリック役のコリン・ファレルが初めて見せる厳しい表情が、もう後戻りはできないのだと物語っていました。(ゴールデングローブ賞の最優秀主演男優賞を取ったのは、語らずともスイッチが入ったのだと伝わるようなこういう演技が評価されてのことなのでしょうね)


端から見ていると、そこまで意固地にならなくてもと思うような諍いではありますが、いざ自分の身に置き換えてみると、第三者から見たら何もそこまでと思うことでも真摯に思い詰め、時に極端な行動に出ることは充分あり得ることです。なので、彼らを愚かだと簡単に切り捨てる気持ちにもなれません。

また、本作品の中で常に対岸から鳴り響いていた大砲の音に気配を感じるアイルランド内戦が無関係であるはずはなく、かつてはアイルランド独立戦争で共に戦ったはずの仲間達が、主張の違いから敵味方に分かれて争うことになってしまった縮図がパードリックとコルムの諍いとも捉えられるのです。

身近な問題としても、もっと引いた大きな問題としても見ることができるのも本作品の魅力だと思いました。


ラストシーンで、パードリックに家を焼き払われたコルムは、これでおあいこだと言います。それに対してパードリックは、「自分のロバは死んだがお前は死んでいない。おあいこではない」という意の言葉を返します。

大切な者を奪われた憎しみの連鎖は終わる事がありません。一度生まれた復讐の連鎖は、完全に対等な形で終わらせることなどできないのです。

いがみ合いの間に挟まれる島の風景やマリア像はいつも変わらずとても美しく、それが2人の男性とそれを取り巻く住民達の陰鬱な空気を際立たせていて、とても哀しく、そして色々なことを考えさせられる良い作品でした。

 

映画館で鑑賞 2023年2月18日


---以下作品情報---

 2022年製作 114分 PG12 イギリス

原題:The Banshees of Inisherin

 劇場公開日:2023年1月27日

受賞歴  :

 第95回 アカデミー賞(2023年)ノミネート

 第80回 ゴールデングローブ賞(2023年)受賞

 第79回 ベネチア国際映画祭(2022年)受賞

 監督

マーティン・マクドナー

製作

グレアム・ブロードベント ピーター・チャーニン マーティン・マクドナー

脚本

マーティン・マクドナー

出演

 コリン・ファレル ブレンダン・グリーソン ケリー・コンドン バリー・コーガン 他

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