道化 光と影
わたしは、拘置所へ向かういつものバスへ乗り込みカバンを抱えながら前回の教誨の日に病で休んでしまった事を後悔しながら座席で俯いていた・・・・・・
顔を上げると老婦人が立っていたので席を譲りしばらく立っていると拘置所近くのバス停でバスを降りた。
拘置所の前で荷物検査を受けて重たい扉を潜って中へ入っていった。
死刑囚舎房担当の佐藤看守部長と松原看守が教誨室へと案内をしてくれることになった。
わたしは前回教誨にこれなかった事を二人に謝罪すると佐藤看守部長が苦笑いをしながら「前回は本当に困ったよ」と呟いた。
どうやらわたしの代わりにプロテスタントの牧師が教誡をしたようだが、どうやらトラブルがあったらしい。
「まぁいつもの事なんだけどなぁ・・・・・・」
佐藤看守部長が呟き、若手の松原看守も頷く
「本当に吉田が真面目に教誡を受けるのは今田神父さまくらいですよ」
松原看守も苦笑いをしながら呟いた。
そして、教誡室へ入るとしばらくして松原看守に連れられて吉田がやってきた。
わたしは、何も知らなかった事にして、前回これなかった事を謝罪して、前回はどうだったかを吉田に尋ねると彼はにやけだした。
「前回来た奴はズラだったんだよ」
吹き出しそうになるのを堪えながら吉田は言った。
わたしは、頭に疑問符を浮かべながらも何故カツラと分かったのかを吉田に尋ねると大笑いしながら答えた。
「そりゃはぎ取ったからだよ神父さん」
その答えにわたしは少しおどろきながらも「どうしてそんな失礼な事を?」と聞くと彼は「つまんない話ばっかりしてなんとなくこいつカツラじゃないかと思って引っ張ってみたら」と答えた。
少し呆れながらも前回、自分が休んでしまって申し訳がなかったから強く言うことはできなかったが「そんなことをしてはダメですよ」と彼に告げた。
「だって神父さん聞いてくれよ、そいつが最近聖書のどの箇所を読みましたか?って聞いてきたからシラ書って答えたんだけどさ、それについて質問しても何も答えてくれなかったし」
彼は本当に聖書を読んだのだろうか? とわたしは少し疑問に思いながらももしやと思った。わたしが病気でこれない代わりにプロテスタントの牧師が来ることを知ってあえて多くのプロテスタントでは正典とされていない旧約聖書続編のシラ書を読んだのではないかと頭によぎった。
一応聖書を開くのは良いことではあるが、あえて相手の知らない箇所を開いたあたりはと思いながらも彼の話を聞くことにした。
「まぁまぁ神父さん、神父さんは隠し事なさそうだけどその牧師は神に仕えながら隠し事をしてさ、しかもカツラを外せばツルツルの禿げ頭だったから俺言ってやってんだよ」
わたしも好奇心に駆られて「なんと言ったんですか?」と彼に聞いたら
ゲラゲラ笑ったあと「その頭だったら仏門に下ったらどうだい? って言ったらカンカンに怒り出して部屋を出て行ってさ」わたしは頭を抱えながらも彼はそういう事を繰り返しては多くの教誡師をおちょくっているんだろうなと、そしてそのような問題行動があるから刑務官達も手を焼いているんだろうと改めて感じた。
しかし、わたしをおちょくったりする気配は全く無いのが不思議なくらいだとも感じる。
彼の話を聞き終えた後に彼が本当に聖書を読んだのかわたしも好奇心が出てきたので吉田に聞いてみると「医者は大事だと神父さんも感じたんじゃない?」と返ってきて少し驚いた。
確かに、彼が読んだシラ書には医者に関する記載がある。
死刑囚、吉田真という人物はこの様におどけてばかりいるようではあるが真面目なところもあるのではないだろうか? とすこし、そう思えてきた。
彼は、おどけて『道化』を演じているが、もしかしてすごく孤独や恐怖と闘っているのではないか? とさえ思えてくる。
人の表と裏、光と影ともいうのもなのだろうか?
そうこうしている間に、教誨の時間が終わり吉田は松原貫首に連れられて教誨室を出て行った。
わたしも帰り支度をはじめると佐藤看守部長がやってきて、もう一人君を希望する死刑囚がいるから次回からお願いするよ。
そう言って拘置所の門までわたしを送り出してくれた。
帰りのバスが来る頃には日が沈みかけていた。
告解 猫川 怜 @nekokawarei
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