五円で作る、ウサ耳カノジョ!

不安タシア

第1話 五円ともやしとメンヘラと。

「……………………」


 知る人ぞ知る、辺境の神社。

 見てくれだけは高級な長財布を手に、俺・夏川ソウヤは賽銭箱と睨めっこをしていた。

 自宅からここまで徒歩3分。元々ド田舎で育っていることもあってか、コンビニよりも10倍近くは手軽に訪れられる場所だろう。


「一応、中身を確認させていただこうかな」


 恐る恐る財布のチャックを開けば大量の札束……ではなく、溜まりに溜まった明細書。その多くが俺の貢いできたカノジョたちの高級ブランド、そしてバーやクラブのものである。

 

 肝心の札束は大きい金額はおろか、最小の物ですら持ち合わせていなかった。辛うじて残っていたのは、喉が渇いた時のための150円と、5円玉ひとつ、そして1円玉ひとつのみ。冷静になって考えてみれば、この時代150円じゃ500ミリリットル買えねえよ。せいぜい半分サイズのコーヒーでお釣りが出る程度だ。

 

 やれやれ。これには頭を抱えざるを得ない。

 

 興味本位で手を出した株で大儲けし、高校生ながら成金生活を過ごしていた訳だが、その夢も2ヶ月足らずで終了した。田舎を飛び出してまで臨んだ都会で、年齢を誤魔化し、数多の女性と恋をした。そして、浴びるように金を使っていた。で、気づけば借金とまでは行かずともスカンピンの不良少年が出来上がっていた。

 

 綺麗な女性はみんな嘘つきだ。俺を恋愛対象ではなく、金としか見ていなかったんだ。

 恐ろしい額の明細書をくちゃくちゃに丸め、賽銭箱の横に立てかけてあった札に目をやる。


「縁結び・兎惑神社、か……」


 俺はガキだ。せっかく手に入れた幸福な人生を女関係で壊されたというのに、まだカノジョが欲しいと寝惚けている。

 学校は2ヶ月近くサボったせいで留年が見え隠れしているし、親には心底呆れられている。母屋に足を踏み込むことすらままならず、現に離れの小屋を住めるようにした姿が俺の自宅だ。

 こんなどうしようもない俺だからこそ、カノジョが欲しいのかもしれない。

 オカルトでも迷信でも何でもいい。今は、頼れるものは何でも頼っていくつもりだ!


「俺の事を愛してくれるカノジョが欲しい!」


 ちゃりん。1円玉が賽銭箱に吸い込まれて行った。金額が大きい方が効果はありそうだが、今の俺には100円すらもかなり高価なのだ。簡単には手放せない。

 誰も寄り付かないようなボロ神社とはいえ、叫ぶこともその内容も全てが恥ずかしい。

 

 ……帰ろう。バカみたいだ。

 

 俺は踵を返し、財布を上着のポケットに突っ込む。

 拝殿へと続く鳥居を抜けようとしたその時、背後から消え入るような声が聞こえた気がした。


『ご……えん……うだい……』


 足を止め、一度振り返ってみる。

 当然、誰もいない。いたら困るけれど。

 再び帰路につこうと拝殿に背を向けるが、先程の声はより鮮明に俺の耳へと届いた。


『ごえん……ちょうだい……』

「は……? 5円?」


 どこの誰だか知らないが、俺にはもうジュース代ともやし代しか残されていないんだ! 悪いが、今日の晩御飯を飲み物で終わらせる訳にはいかねえ!


『ごえん……返すから……ごえん……ちょうだい……』

「返してくれるのに何で貸す必要があるんだよ。ん? いや、貸したら返すのが当然か?」


 かといって見ず知らずの誰ともわからぬ何かにもやし代を貸すだって? 今日の晩飯までに返してくれるのなら考えてもいいが……って、5円が欲しいだなんて貧乏人が俺以外に存在していることすら驚きだ。

 いやまて落ち着け俺。たった5円をケチってる高校生なんてそういないぞ。声から推測するに、俺のもやし代を狙っている奴は恐らく女。困っている女性には手を差し伸べるのが男ってもんじゃねえか!?

 

 ……それで騙されたんだろ、俺は。


『お願い……お賽銭に、ごえんちょうだい。こんな所に来てくれた男の子、32年ぶりなの……』


 やけにリアルな数字。なんか嫌になっちゃいますけどね! ってか何故お賽銭に? はあ、それを聞くのも野暮か。俺の人生、大儲けしたりドン底まで堕ちたりと突飛なことばかり起きてるしな。霊感は全くないけど、ここの神様に話しかけられていますって言われても有り得ない話ではないか……ぁ?


「わかったわかった。五円やるから、絶対返せよな!」


 達者でな、俺のもやし代!

 意を決して投げた5円玉は、何度かはねた後、1円玉と同じく吸い込まれて行った。

 ……はいはい、俺知ってますよ。どうせ拝殿から狐耳の美少女が飛び出してくるとか、着物きた女の子が鳥居から見つめているとかするんだろ!? それで、俺に「5円を返して欲しかったら願いを聞いて……」的な話を持ちかけてくるんだろう!? 俺の人生なら、そんな非現実が起きてもおかしくないんだよな。

 ……32年前か……。アラフォーが出てきても正直困るんだけどな……。


 それから数分後。


「――いや、誰も出てこんのかい!」


 俺は悲痛の叫びと共に、神社を後にした。さよなら俺の晩御飯。神様すらも意地悪ですな。


♢♢♢


 重い足取りでたどり着いた実家。右手側には「夏川」と書かれた二階建ての母屋があり、風貌は古風の城を彷彿とさせている。内装はもう少し近代的だが、今の俺にはもう関係の無い話だ。

 

 何故なら、俺の家はその横。崩れかけの木製小屋をトタン板で適当に補強しただけの、簡易的な一人暮らしのマイホーム。木版との間には隙間があったりするため、冬には地獄のような寒波が待っているはずだ。幸い、今は夏前。虫が多すぎて地獄です、はい。


 ため息混じりに、立て付けの悪い扉へと手をかける。

 また今日も、ハエたたきから寝るまでのタイムアタックを競うことになるのか。

 しかし、扉の先に待っていたのは、重い気持ちを吹き飛ばしてくれるような……気がする光景だった。


「おっそーい!……でも、おかえり。私の家からここまで歩いて3分だよね。どこで何してたの? もう、5分12秒が経過しているんだよ?」


 目と鼻の先には兎のように耳をぴょこぴょこと上下させている少女が、正座をしてこちらを見上げている。淡いピンクの髪を2つに結っており、片目は黄色の明らかにヤバそうな少女。

 服装もなんかフリフリの白い服だし……あーこれは、多分ヤバいやつ。

 なんか俺言葉責めされてるけど、誰だよお前。


「えーと、どなたですか?」

「え……? さっき私に5円くれたじゃん。忘れちゃったの?」

「あ、あー! 神社の! 神様ですよね!」

「敬語やめてよソウヤ。私たち、もうカップルなんだから」


 わかんねえ。もう俺の人生よくわからねえ。

 この子の名前もわからねえ。助けてください神様……いやこいつが神様かぁ……。


「待ってくれよ。俺はまだ君の名前も知らないし、それに付き合うだなんて――」

「私はメロ。ソウヤが5円くれたから、ご縁を返しに来たんだよ? あ、さっきの言葉の続き次第では――――」


 怖すぎるだろこのタイミングでの微笑みは。メロって、可愛らしい名前だけどメロメロにはなれねえよ。都会の女たちと違って愛してくれそう……いや愛してくれてそうだけどさあ。

 もやしじゃお腹一杯にならねえ、と思っていたけどこれは満腹ですわ。ご縁で満腹。重い気持ちも吹き飛ぶどころかのしかかって来ましたね。


「だからさ……これからたっくさん楽しいことしようね、ソウヤ!」


 あ……金欠なんで、無理でーす。

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