最終話 遺言

 最後の最期まで戦い抜いた男達の元へ、ベランドナがやってきた。


「カーヴァリアレ・カルベロッソ。貴方の子供達は大変傷つき、今は眠っていますが生かしました」


 これを聞いたカーヴァリアレの顔がこれまで以上に驚いた顔へ変化する。


「な、なんて事を。数多あまたの味方に殺し、しかも起きればまた死人が増えるかも知れないというのに? 貴女は戦における鉄の掟に逆らっている……」


「ですね、私も自身の行動が正しいとは思っておりません。ただ……」


「………?」


「あの子等は生きる事を諦めてはいません。私はそれにけます。そして二度と戦いに身を投じさせないと誓います」


 それを聞いたカーヴァリアレは涙を流す。自分にも親としての感覚がまだ残っていた事を自らの温かい涙に気づかされた。


「そ、そう……ですか。たとえ生き抜く事が叶ったとしても奈落ならくかも知れません。だ、だが…一応親として礼を言っておきます。それから……我が弟子ジェリド…」


「はっ?」

「来いよおっさん、師匠と言えば親も同然だぜ」


 不意に呼ばれたジェリドが慌てて師の膝元ひざもとへ駆けつける。


「み、見事でしたよ貴方の斧。完敗でした」


「い、いえ……違うのだ。私はランチアを守る時以外、基本此方から仕掛ける事に専念した。お、恐ろしかった。貴方に主導権を取られたら最後だと」


 ジェリドは最早不要と、勝手に手首に刺さったジャベリンを引き抜きながら本心を暴露ばくろした。


 その様子を見たカーヴァリアレは苦笑する。


(フゥ…最期のきわまで甘い男ですね)


「それでいい……その攻め方が出来た結果の方をほこりなさい。でなければ私が浮かばれない」


「はっ」


 師の賛辞さんじ真摯しんしに受け止めつつ頭を下げるジェリドであった。


「さあ海の戦士ランチアよ。この力が私を狂わせる前にトドメを」


 これがカーヴァリアレの最期の言葉だ。


「判った、本当に強かったぜアンタ。俺様の胸にこの戦いを永遠にきざむと誓うぜ。じゃあな」


 戦士への敬意を払いつつハルバードを首に落し、黄泉路よみじへ送るランチアであった。


 ジェリド・アルベェラータ率いし元フォルデノ王国騎士団、総数200名。戦死者111名。


 ランチア・ラオ・ポルテガ率いしラオ自治区守備隊、総数40名。戦死者18名。


 そしてカーヴァリアレ・カルベロッソ率いし元フォルデノ王国騎士団、総数108名。全滅。


 但しカーヴァリアレ・カルベロッソの実子、長男スペキュラ・カルベロッソ、長女ヴァデリ・カルベロッソ生存。


 敵が同じ国出身の元仲間という実に凄惨せいさんな戦いであった。

 半数以上の仲間の犠牲ぎせいに、敵に回ったとはいえ同じ城下で労苦を共にした者達との別れは重過ぎた。


 けれどラファン自治区を取り戻し、民衆の笑顔を取り戻す事には成功した。

 ラファンの首都、エディンに凱旋がいせんしたジェリド等一行は大歓声に包まれた。


 犠牲者の事を思うと手離しには受け入れられないジェリド。しかしロイドやリタといった若い希望をこの戦いで見いだせた事は喜ばしい。


 一方、ベランドナはラオの連中と共に先にエディン自治区・首都フォルテザに帰還きかんした。ドゥーウェンが微笑みと共に出迎える。


「ベランドナ、そして皆さん。本当にご苦労様でした」


ねぎらいならアンタの大好きなこのエルフ殿に言ってくれ。俺等はとにかく飯だ。行くぜ副団長プリドール


「あ、ちょ…」


 プリドールは何かを返したかった様だが、ランチアに肩を抱かれたまま引っ張られていった。


「ところでベランドナ。今回は実に心労の溜まる戦いをした割に……」

「はい?」


「とても晴れやかな顔をしていますね。何かいいものを拾ってきた気がします」


 ベランドナにはドゥーウェンの真意が判らない。


「先に伝えた例の子供達は、リタという少女の奇跡によって未だ眠っております。回復の奇跡で細胞を活性化させる事は危険だという事でした」


 歯切れの悪い報告にドゥーウェンが逐一ちくいち満足気にうなずきを返す。


「彼等が回復しその目を覚ました時……再び襲ってくるかも知れない。その時に私は戦える自信がないのです」


 ベランドナの声量は普段と大差ないが、その目は明らかに曇っていた。ドゥーウェンは優しく肩に手を置くと首を振った。


「大いに悩みなさい。いや、違うな。君はもう既に答えを出しているからこそ二人を助けて此処に連れてきた」


「そ、そうでしょうか?」


「それにね、子供だという線引きは余り良くない。なりは小さくとも中には立派なこころざしを抱いているのです。それを否定するのは大人のエゴです」


 ドゥーウェンの暖かみに触れ、ベランドナは思わず涙した。泣きながら何度も頷くので、まるで幼気いたいけな少女の様であった。


 ― 海人うみんちゅが魅せる一ノ谷の合戦 完 —

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海人が魅せる一ノ谷の合戦【ローダ・スピンオフ】 🗡🐺狼駄 @Wolf_kk

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