別れ そして…
僕の高校入試も無事に終わり、自己採点の結果、合格は間違いなかった。
相変わらず、桜の咲いていない桜公園で朝倉さんと過ごす日々は続いていた。
僕は地元の公立高校へ、朝倉さんは隣町の私立高校へと別々の学校にはなったけど、二人とも今の家から通うので会えなくなるということは無いはずだった。
卒業式も終わって、僕の合格発表の日。
朝倉さんと一緒に発表を見に行った。僕の受験番号を見つけて二人で喜んでいる姿を見た同級生たちは、とても驚いていた。
3月下旬頃になると桜の蕾はだいぶ膨らみ、今年は全国的にいつもより早く開花しそうだと予報が出ていた。
僕はある決心をしていた。
桜が咲くまでに朝倉さんに告白して、二人で満開の桜を見たい。振られることなんて全然考えずに。
3月31日。
夕方近くになって、朝倉さんから電話がかかってきた。
「携帯電話は高校に入学式してから」と両親に言われていたため、連絡はいつも家の電話でしていた。
告白すると決心したものの、いざとなると行動できずモヤモヤしていた僕にとって「今からいつもの場所で会えないか」という彼女の言葉は渡りに船だった。
桜公園の蕾は明日にでも咲きそうなくらいピンク色になっていた。
いつものベンチに座って待っている朝倉さんを見付けてすぐ、違和感を感じた。あり得ないことだけど、今にも咲きそうだった桜の蕾がまた、固く固く閉じてしまったような、そんな雰囲気を彼女から感じたのだ。
「おばあちゃんがね…死んじゃったの…」
彼女が語ってくれたのは、まだ僕が知らない彼女の家庭の事情だった。
去年、お母さんが再婚した。しかし、新しいお父さんは仕事の都合で急遽海外に赴任することになり、日本に残りたかった朝倉さんは、お母さんのお母さん、つまり彼女のおばあちゃんの家に住むことになり、この町へ来た。
そのおばあちゃんが、つい先日亡くなったというのだ。
「…ていうことは」
「うん…私もお母さん達の所に行くことになったの…」
「そっか…」
「お父さん、私がまだ小さい頃に亡くなったって前に話したでしょ?」
「うん…」
「優しくて、いつも一緒に遊んでくれて、今でも大好き。私にとってお父さんはお父さんだけ。だから新しいお父さんをお父さんって思いたくない。私、行きたくない!」
僕の肩に顔をうずめ、彼女は静かに泣いた。
僕は無力だった。
「ねぇ。家出しよう?」
「え?」
「二人でどこか遠くの街へ行こう」
「いや、何を言って…」
「…そうね。ごめんね。桜木君を巻き込んじゃ駄目だよね…じゃあ」
そう言って立ち上がった彼女の手をつかみ、言った。
「僕も行くよ」
二人とも一度家に戻り、必要最低限の荷物を持って駅で待ち合わせた。行き先なんか決まっていなかった。この先のことも考えていなかった。朝倉さんを一人にできない、一緒にいたい。ただ、それだけだった。
電車に乗り慣れていない僕達は終電の時間なんて頭になく、降ろされた駅から線路を歩き、深夜疲れ果てて辿り着いたのは小さな無人駅だった。
駅舎で一晩過ごすことにした。
待合室は暗く寒かったけど、二人で体を寄せ合えば暖かかった。
「私ね…お母さんと二人、前の街で今まで通りが良かった。だから、この町に来るの嫌だったの。中学校で友達なんかいらないって思ってた」
「うん…」
「でもね、毎日机をくっつけて教科書を見せてくれるのに、全然喋らない男の子がいたの。他の子は勝手に話しかけてきて、放っておいてほしくて無視したら陰で悪口言ってるのに。その男の子は毎日毎日、顔も見ようとしない女の子のために隣に来てくれて」
「うん…」
「そういうのが、あの頃の私にはすごく居心地がよかった。でね、気が付いたら、その男の子に自分から話しかけてたの。フフ…なんか矛盾してるよね。あ〜あ、桜公園の桜、見たかったな…」
「見れるよ。いつか二人で見に行こう。僕、朝倉さんのことが好きなんだ。満開の桜を二人で見たい!」
こんな状況で言うべきだったのかはわからない。でも、今しかないと、そう思ったから。
「私、私は…」
「おいっ、誰かいるのか?」
真っ暗だった二人だけの空間が、眩しい光で切り裂かれた。
パトロール中のお巡りさんに交番まで連れて行かれ、その後は…
親父に殴られた。母さんには「他所様のお嬢さんになんてことを」と泣かれた。
春休み中、外出することを禁じられた。
朝倉さんとは、それきりだった。
入学式のあと家に行ってみたら空き家になっていた。
桜公園の桜はもう満開だった。
その日から、桜公園へは行かなくなった…行けなくなった。
高校卒業後、県外の大学へ行き、そのまま就職。たまに実家に帰省することはあったけど、桜の時期に有給をとって帰ってきたのは今回が初めてだった。
僕は彼女に気持ちを伝えた。でも、彼女の返事はまだ聞けていない。どうしてもそのことが引っかかり、真剣に女性とお付き合いができなかった。…彼女に以上に人を好きになれる自信がなかった。
十数年振りに来た桜公園は、昔と変わらず見事な桜だった。
東屋のベンチに座って満開の桜を眺めていたらいつの間にか涙が頬を伝っていた。恥ずかしくて、袖で涙を乱暴に拭っていると、
「あの、となり、いいですか?」
僕よりもたくさんの涙を流しながら、満開の桜のような笑顔の女性がそこに立っていた。
BOY MEETS GIRL
END
BOY MEETS GIRL だい @dai-m
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