BOY MEETS GIRL
だい
出会い
2月下旬頃。公園の桜の木。
寒さに耐えるように固く閉じられた蕾を見ると、子供の頃に出会った、ある少女のことを思い出す。
…いや、思い出すというのは少し違うか。
十数年たった今でも、忘れたことなど無い。
突然僕の前に現れ、そして僕の心を奪ったまま突然いなくなった彼女のことを。
中学3年の三学期が始まった頃、彼女は転校してきた。
僕の住んでいたのは田舎町で、1学年は20人程しかいなかった。転校生は珍しかったし、何より卒業間近なこんな時期にやって来るなんてと、みんな驚いていた。
転校初日、担任の先生に紹介された彼女は、何というか…同級生の女の子達とは違って都会的というか、同い年とは思えないほど大人びていた。
そして、とても綺麗だった。
「朝倉藍です」
一言それだけ言ってお辞儀をした彼女の表情はとても固かった。
「それでは、朝倉さんは一番うしろの窓際の席ね」
昨日までは無かった僕の隣の窓際の机。
「桜木君。朝倉さんは教科書無いからしばらくの間見せてあげてね」
三学期だけのために教科書を全部揃えるのはもったいない、ということらしい。制服も着ていなかった。
僕は、ガタガタと机と椅子を彼女、朝倉さんの方へ寄せた。
「えっと…桜木啓です。よ、よろしく」
僕の言葉を無視して、彼女は窓の外を見ていた。そこには、花も葉も蕾さえまだの、桜の木があるだけだった。
一週間後、彼女は一人ぼっちだった。
女子達が話しかけに行っても、話すのは「うん」とか「いいえ」だけ。
かわいい女の子が来た、ということで何人かの男子が積極的に話しをしに行っていたけど結果は同じ。
そのうち誰も近付かなくなった。
毎日教科書を見せている僕でさえも、最初の挨拶以来話しはしていなかった。彼女は授業中以外は、ずっと席に座ったまま校庭の桜の木を眺めているだけだった。
2月下旬。高校入試を目前に控えた頃だった。
相変わらず誰とも関わろうとしない彼女から、突然話しかけられた。
金曜日の放課後。
帰ろうと、靴を履き替え外に出た時だった。夕方の冷たい空気の中、何もない桜の木の枝をじっと見つめる彼女がいた。
「ねぇ」
「うん?」
「このあたりの桜って、いつぐらいに咲くのかな」
突然のことですぐに答えられなかった。
「ずっと住んでるのにわからないの?もういい」
とても、とても冷たい言い方だった。
「あ…えっと、たぶん4月になってからかな。入学式とかの頃に咲き始める感じ」
「えっ、そんなに遅いの?」
「う、うん。田舎は寒いから」
「なんだ。だから、蕾も全然膨らんでないのか…」
蕾。そう、彼女は蕾のようだとその時思った。じっと心を固く閉ざし、何かに耐えているように見えたから。
「この町にお花見スポットみたいなのってある?桜がいっぱい咲く所」
「うんある。桜公園っていうとこ」
「なにそれ、そのまんますぎ…フフッ」
ほんの一瞬だった。初めて彼女が微笑んだ。
でもまたすぐにいつもの固い表情に戻ってしまった彼女は意外な事を言った。
「明日、そこに連れて行ってくれない?」
「え?一応受験生で、入試もうすぐだから勉強が…」
「…じぁいい。他の人に頼む」
他に頼める人なんかいないのはわかり切っていた。
「まぁ、昼前までなら良いよ。まだ桜も咲いてないし、他に何も無い公園だけど…」
「良いの。場所が知りたいだけだから」
次の日の午前中、学校の前で彼女と待合わせて桜公園へ案内した。
僕の通学路からそんなに遠くない所なので、歩いても数分しかかからない。
「へぇ、桜の木がいっぱい。ほんとにそれ以外は何も無いのね」
「うん、だからこんな時に来ても…」
僕の話も聞かず、彼女は一人でサッサと公園の中央付近にある東屋へ行き、ベンチに座ってしまった。
慌てて追いかけて行くと彼女は「どうぞ」と言って隣の席をポンポンと叩いた。僕は少し距離を空けて、彼女の隣に座った。
特に話しをすることもなく、小一時間ただ桜の木を眺めていた。
晴れていたけど、風が冷たい日だった。
その日から、時々彼女に誘われて学校の帰りに桜公園へ行くようになった。
最初のうちは二人とも黙っているだけだったけど、そのうちどちらからともなく、ぽつりぽつりと話をするようになった。
朝倉さんが転校してくる前のこと、この町はお母さんの故郷だということ、お父さんはいないこと、隣町の私立の高校に通うことになっていること、桜の花が大好きだということ。
蕾が少しずつ膨らんでいくように、固く閉じられた彼女の心も開かれていくように感じていた。
ある日、疑問に思っていたことを彼女に聞いてみた。
「あのさ、どうして他のみんなとはか関わろうとしないのに、僕とはいろいろ話してくれるの?」
彼女は少し考えてから
「教科書見せてくれたから」
「たまたま隣の席だったからね」
「わがままに付き合ってくれたから」
「最初に公園に来た時のこと?あんなの全然」
「あと、名前に桜の字があるから」
「ハハハ、どんだけ桜が好きなんだよ。朝倉さんもひらがなにしたら、あ『さくら』」
「フフ、私のは偽物の桜だね」
少しずつ少しずつ、蕾がほころぶように彼女が微笑んでくれることが増えてきた。そのことが僕はとても嬉しかった。
そう、僕は彼女に惹かれ始めていた。
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