第15話 練馬の空はショーシャンクと同じくらい青い 12

 中学卒業までの円は生まれ育った地元で、手垢のついた習慣と型通りの愛想笑いを顔に貼り付け静かに過ごしてきた。

高校というアウェーな環境に這い入った円は少し戸惑った。

はてさてと周りを見渡して、学校の隅っこに居場所を探す暇も有らばこそだった。

円は入学して幾許(いくばく)もなくルーシーの仕掛けるテロじみたガチンコ勝負に巻き込まれ、見事敗北したのだ。

そのことで久しく忘れていた他者への関心が刺激された。


『なんなんだこの女は?』


よせばいいのに、猜疑心のレンズを望遠から標準に切り替えたことが、円的には運の尽きだったかもしれない。

ルーシーの腹の内を探ってやろう。

そう考えて、しげしげと彼女を観察し始めた途端、あろうことか円の静謐な御隠居世界がひっくり返った。

不思議横丁から更に奥へと迷い込んだ“この先抜けられません”の看板が立つ袋小路は、円にとって居心地の良い隠居所みたいな場所だったろう。

ところがその袋小路のどん詰まりでのことだ。

円の心理防壁は、ルーシーと言うテロリストによってそれはもうド派手に吹き飛ばされたのだ。

赤壁の様に高々と立ちはだかる、袋小路の行き止まりにある分厚い防壁だったはずだ。

茫然自失の暇(いとま)があらばこそ、そうして気が付けば、円は壁の向こう側、袋小路のその先にいる。

あとからあとから抜き差しならぬ修羅場が波状展開する。

賑やか極まりないノンストップドタバタ活劇の世界へと足を踏み入れていたのだ。


 ジュリアとの不思議な一件をさておいてはみた。https://kakuyomu.jp/works/16817330648319304938/episodes/16817330652962281259

だが、心理防壁崩壊後に遭遇した“ルーシー以降の修羅場”の質がこれまた奇想天外かつ荒唐無稽過ぎた。

そのせいか、円の恐怖や驚愕の発火点を決める閾値のベースラインも、ここ半年で随分と高くなってしまった。

もちろんジェットコースターよろしく続けざまに降りかかる恐怖や驚愕を、じっくり吟味する余暇も余裕も円にあろうはずがない。

高校入学以来あっと言う間に半年という月日が経過した。

 疾風怒濤の神様は殊の外勤勉だ。

円はこの半年間に渡り休みなく、神様の悪巧みに翻弄され続けている。

直近ではB級青春ピカレスク映画の主人公そのままの体で無実の罪を着せられた。

おかげで円は、今や審判を待つ凶悪少年犯罪者(仮)にまで絶賛落ちぶれ中の身ではある。

このシークエンスではなんともショボい役柄を割り当てられたものだと、少々情けなくはある。

だが演ずべき三文芝居の大根役者もすぐ板についた。

 円は感受性の閾値が上がり過ぎたせいなのだろう。

さしたる苦痛も感じず、驚くほどフラットな気持ちで凶状持ちの日々を過ごせている。

所詮は冤罪であるし、浮世のことはとっくにルーシー達に丸投げした渡世人である。

そうした意識がプラスに働いたのだろう。

現在の円をジュリアが見れば、目を丸くして驚くことだろう。

それでもことによると、大笑いして自分も混ぜろと言いだすかもしれない。

 たまさか姦し娘たちとジュリアのことを思えば心も和む。

受難初めのうちは、嘘つき少女のことを考えるたびに腸が煮えくり返るほどの怒りを覚えた円だった。

先行きに恐怖こそ感じなかったものの、面倒臭いことになったなと心底うんざりもしていた。

 ところがどっこいである。

警察の留置場から鑑別所に移される頃には少女に対する憤怒もしぼんだ。

それよりもなによりも、この稀有な体験を少し楽しみ始めている自分に驚いた。

円はこうして人生を舐め切ってしまえる自分の気質を大いに怪しんだものだ。

 最後の最後は三人娘が何とかしてくれるさとたかをくくっているのだろうか。

ひとたび心が落ち着いてしまえば、開き直ったような暢気な気分が変わることは無かった。

雪美とルーシーならそんな円の心を覗きこみ、「愛があるからこそ」などとしたり顔で口にしそうだった。

円的には愛は兎も角として、絶対的な信頼を三人に寄せて居る。

そのことだけは、衒(てら)いなく自覚している。


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