幻影の自我。

 『人間椅子』のテーマはマゾヒズムである。

 乱歩は種々の変質的な性欲の発現する典型的なパターンを類型的に物語に結晶していて、それが作家としての本質を最も如実に表している代表作になっている。

 「現世は夢。夜の夢こそ真」…あたかもエッシャーの騙し絵のような二律背反で両義的な構造が人間の精神の本質…乱歩の言いたかったのはその人間というものの矛盾した在り方である。不可解で複雑怪奇、玄妙で妖美、果てしなく神秘的で深い闇、聖域にして最大の禁忌…人間の精神とはそうした唯一無二の不思議な奇跡だ。乱歩はその畸形性をではなく、芸術的なイマジネーションの温床としてのその豊穣性に着目した…


 男たちがユキのことをおもちゃにしてきます。

 意地の悪い、冷たい嗤い。

 でもその嗤われる感じに、なぜかオトコオンナ?オンナオトコ?のユキはペニスが勃起して、全身に甘い戦慄が横溢してしまう…

 「ア〇ルまでヒクヒクしてるぜ。クヒヒ」

 「もっと開け。ヌードにされたチ〇ポがギンギンだ」

 (アアン💓もっとー。ダメ、ビクビクしちゃう。恥ずかしい…)

 露骨ないたぶりの言葉が可愛いユキの心の琴線に沁みとおります。縛られて、人の字型に晒し尽くされたスレンダーで婀娜っぽいユニセックスな裸体。

 

 長い金髪で、牝豹のような風貌が快感と羞恥に歪む。男たちは嗜虐の快感に酔い痴れている。ユキの華奢だが筋肉質のしなやかな全身にはホットローションが塗りこめられていて、絖のように美肌が輝いている。オレンジ色の室内照明の中にたまらなく淫猥で妖美な曼荼羅絵図が浮かび上がっていた。


(SMとは…?つまり究極の性愛の形?自分という神聖な城の中に侵襲する蕪雑で醜怪な他者。犯されて、おもちゃにされるかよわくていたいけな犠牲者サクリファイス。そこにはでも、カエルに攫われて暗い穴の中で犯されてしまう親指姫の物語が呼び覚ますような異様な官能的な昂奮、妖しいセクシャリティがある。人間の精神の根源的な秘密が眠っているっような気がする。自我という精神の本体、司令塔、他者と自分を分かち、人間を人間たらしめる神聖な構築物。ゲシュタルト。そのタブー、禁忌。自分という存在の尊厳を守るための最後の砦が木っ端微塵に蹂躙されてしまうことがなぜこんなに素晴らしい快楽の空間になるのかしら?その矛盾はつまり…もしかしたら自我というのは…アア…キモチ良すぎる💓)

 

「ううっ!」

 次の瞬間、ペニスは裂けるくらいに硬直して、極限までいきり立って、烈しく痙攣して、ユキは全身全霊で射精しました。

 とろけるような快美が全身を包み、悦楽と陶酔に、ユキはしばらく何もかも忘れ果てました。虚脱したような放心状態。抜け殻になったユキのしどけない姿態と風情はでも、たまらなく男たちの獣欲をそそり、そのままユキは高手小手に縛り上げられて、十字架に磔にされました。

 ピンク色に染まったキリスト…これこそが真の意味での女神、救世の宗教のイコン(聖像)生命という謎の止揚、その具現化、化身、エロスというものの究極の姿でした。


<了>


 


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掌編小説・『人間椅子2023』 夢美瑠瑠 @joeyasushi

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