第6話

 ハネイの部屋に時計は置いてなかったが、ヒナが扉をノックするのと同時にハネイは目を覚ました。


「ハネイ様、お迎えに上がりました」

「ちょっと待っててくれ。すぐ着替える」


 起きたばかりでふらつきながらも、制服へと着替え扉を開けた。

 朝早いのにヒナはすでに目が覚めているのか愛らしい笑顔で挨拶をし頭を下げる。

 

「まだ授業までお時間ありますけど、何かされるのですか?」

「特には決めてないんだよなぁ。町ではこの時間に起きてたってだけでさ」

「朝早かったんですね」

「じいさんとかはもっと早かったけどな。とりあえず軽く運動でもしてみようか」


 小屋の周りには壁以外は特に何もなく、少し離れた場所に学園が見える。

 体を動かすにはうってつけだ。

 

 スクワットや腕立て、跳躍などをして体を動かすが何か物足りない様子。

 

「ヒナ、腕立てするから上に乗ってくれないか?」

「え!? 私を乗せて腕立てするんですか!」

「嫌だったらいいんだ」

「嫌ではないですけど……大丈夫ですか?」

「町の子どもたち乗せてやってたから大丈夫だって」


 ハネイは腕立ての体勢をとりヒナが乗るのを待っている。

 ヒナは恐る恐る、椅子に座るようにハネイの腰辺りに座った。


「ちょうどいい重さだ」


 ヒナを乗せた状態で三十回ほど腕立てすると、額にわずかに汗をかいていた。その調子でスクワットもヒナを抱えたままやり終え清々しい表情で運動を終える。


「力強いですね。兵士になれますよ」

「兵士か。いつかは目指してみてもいいかもな」


 すると、ハネイの腹の音がヒナにも聞こえるほど漏れた。


「腹減ってきたなぁ……」

「夕食はどうされたんですか? 食堂にいなかったようですけど」

「テキトーに渡されたから外で食べたよ」

「そんな、ひどすぎます! もしかして食事の内容も違ったのでは?」

「パンとスープとちょっと肉をもらったかな」

「貴族はあんなにいい料理を食べてるのに……」


 憤りを感じたヒナはハネイの手を引っ張り言った。


「料理長にかけあってみます。こっちへ来てください!」

「えっ、どこに行くんだよ」

「ハネイさんにも同じ食事を食べる権利はあるはずです!」

 

 大人しそうなヒナはそのままハネイを連れて料理長のいる休憩室へと向かった。まだ朝早い時間ということもあり、道中ほかの生徒とはほとんどすれ違うことはなかったが、女子寮の外で剣の練習をしていたフィアネが二人の姿を目撃していた。


「ハネイとメイド? 何してるんだろう」


――――


「ほーら、いっぱい食えよ!」


 ヒナが料理長ザックに話をすると、ハネイの名を聞いて感激しその剛腕でいきなり抱き着いて来た。ベレッタとの一件は庭園で行われたため、給仕が目撃しておりそれがザックに伝わっていたのだ。

 

 キッチンに案内され前日の余り物をハネイへと振舞った。


「あのスーンムーン家のベレッタを正面から倒すとはな。俺らの希望の星だぜ」

「たまたまですよ。本気で魔法を使われてたらたぶん勝てなかったです」

「お前……。いい奴だな! 貴族を倒したら普通自慢しまくるもんだぜ。腹減ったらいつでも来な。メイドも執事も、俺ら料理人もみんなお前の味方だ」


 魔法学園にいる学生、先生以外の人たちは普通に町で仕事をするよりは稼げているが、それと同時に貴族たちに下に見られたり扱いが悪いこともしばしば。

 そのために鬱憤はかなり溜まっている。

 ハネイのように平民で学園に入った生徒に対してはサービス精神が大せいなのだ。


「俺以外に平民上がりの人っているんですか?」

「一年にはあと二人いるぞ。一人はずっと研究してるやつでまともに授業に顔を出さないらしい。たまにご飯を食べに来るが不思議な奴だよ。もう一人は学園図書館を管理している女の子がいたな。誰も図書館の管理なんてしたくないのに、その子は率先して立候補したらしい」

「俺以外に二人か。案外少ないんですね」

「基本は貴族が入る場所だからな。でも、去年の卒業生はすごかったぞ。平民なのにこの成績トップのまま卒業したんだ」

「すごいじゃないですか。だったら学園内でもかなり有名なんじゃないんですか?」

「いや、それがそうもいかないんだ。成績がいいだけならまだしも、貴族たちを全員押しのけてトップになっちまったから記録から抹消されたとも言っていい。誰もそいつの話なんかしない」


 明確に王国が宣言しているわけではないが、王国内では貴族権威主義思想が広まっている。貴族は平民以上の特権をもらい、王国は貴族から知識、力、お金、をもらい、事実上貴族が王国を支えていると言ってもいい。


 そのため、小さな町に貴族が住み始めると、町長よりも権限は大きくなり、好き放題やる人もいる。


 大規模な町ならば王国の直属の人たちがやってきて状況を確認し、管理体制を強化したりするが、王国の手が回らない地域では、王国側から貴族にお願いし町の管理を頼むことだってある。


 実際、それでうまく町を回した過去もあるため、多少の不満は王国にとってダメージはない。


 しかし、ハネイはその現状をどうにかできないかと考えていた。


「貴族と平民か……。アバラストの王様は何か言ってないんですか?」


 その問いにはヒナが答えた。


「アバラスト王国に王様はいません」

「えっ、でも王国だろ」

「王ではなく姫ならいます。スぺス姫の両親は十年前の戦争で暗殺されたのです」

「暗殺って、じゃあ王がいない状態で国は戦ったのか」

「王と女王の死を隠し、影武者を用意したのです。そもそも、王様はあまり姿を現すことがありません。王国直属の騎士たちや、親衛隊は知っていたとは思います。我々一般人にそれが伝わったのは五年前の事」

「誰が国のトップをやってるんだ? その影武者か?」

「いえ、今はスぺス姫が王国を管理してます。まだ十八歳という若さなのに」


 そこから見えてくるものは実に単純だった。

 スぺス姫が王国を管理できていない。それに尽きる。

 八歳という若さで両親を失ったショックは計り知れないだろう。

 その上、戦争で自国が狙われるという危機的状況。年齢的にもすでに危機感自体は抱いていたことだろう。

 この平和を維持するためにはスぺス姫一人の力ではどうしようもない。いろんな人間が力を貸しているのは明白だが、そこに貴族とつながりのある人間がいれば、情報はどこかで隠される。


「姫をどうにかするしかないわけだ。姫に会うにはどうすればいい?」

「えっ、それは無理ですよ。暗殺があったのもあって今は騎士でさえもそう簡単にスぺス姫には会えないと聞きます。強いつながりでもない限り会うのは……」


 その時、ザックは何か思い出しように手を叩いた。


「あるじゃねぇか! 一年に一回姫が来るこの学園の催しがな」

「あ、大魔法宴ですね! 確かに、大魔法宴なら直接話すことはできなくてもスぺス姫はこちらに来てくれますね」


 大魔法宴は年に一度この学園で行われる魔法の披露宴。

 一年から三年までの生徒たちで、先生に選ばれた優秀な生徒たちがスぺス姫の前で魔法を披露する。信用、技術、成績、家柄、様々な点から選抜される。


「一般生とは見ているだけになりますが、それでも目に見える距離にスぺス姫が来ますよ」


 その時、扉が開きフィアネが入って来た。


「ハネイ、大魔法宴に出ようなんて思ってないでしょうね」

「フィアネじゃないか。出られるなら出ようと思ってるけど」

「平民でしかも入ったばかりのあなたじゃ無理よ」

「やってみなきゃわかんないだろう」

「貴族で優秀な人たちですら選抜されないことがあるのよ。なのに、平民のあなたが出られるわけない」


 フィアネが入ってきた途端、キッチンの中の空気は重苦しくなった。

 その原因はザックにある。

 ザックはフィアネに対して小さく舌打ちし、意図的に目線から外していた。


「どうやら歓迎されてないみたいね。そこのメイドも私を軽蔑してる?」

「え、いや、そんなことは……」

「やめろフィアネ。その問いかけは意地が悪いぞ」

「……それもそうね。でも、一言だけ言わせてもらうわ。貴族には貴族の誇りがある。それを愚弄した時は容赦しないわ。――ハネイ、行くよ」


 ハネイは教育係であるフィアネについていくしかない。

 二人に軽く頭を下げてハネイはついていった。


 ハネイたちが出て行くと、ザックは台を拳で叩き怒りをあらわにした。


「軽蔑? 愚弄? 日常的にやってるのは一体どっちわかってんのか!」

「ザックさん、落ち着いてください。フィアネ様は」

「ああ、わかってる。あいつは貴族の中でも苦労人だ。それくらいは俺にもわかってる。だがな、兄が兄なら、妹も同じというわけだ」


 正面衝突することはない。

 貴族に虐げられた平民は、その怒りをぶつける先がなかった。

 力で勝つことはできないのだから。


 

 

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絶対不滅な魔法使い LORD OF LIFE 田山 凪 @RuNext

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