第5話

 学生たちは学年ごとに寮がある。一人部屋ではあるがハネイが住んでいた家よりもよっぽど広い。しかし、ハネイが学園メイドのヒナに案内して貰った場所はには、小さな木製の小屋があった。とってつけたような窓に簡素な扉。蹴れば壁も壊れてしまいそうだ。


「俺だけ離れなんだな」

「おそらく、先生たちの意向かと……」


 ヒナはショートボブの黒髪のメイドだ。色白で黒い瞳は吸い込まれるような美しさもあるが、どこか幸薄そうな雰囲気もある。

 

「貴族ってのはベレッタみたいに正面から叩きのめすタイプばかりかと思っていたけど、案外陰湿なところもあるな」

「あまり、ショックを受けてないように見えるのですが」

「俺の住んでた場所と大して変わらないしな。教室までちょっと遠いのは面倒だけど、それだけだ」

「心が強いのですね。私だったら耐えられません。初日からベレッタ様に目をつけられて、先生たちは歓迎をしていない。フィアネ様だっておそらく地位向上のためですよ」

「でも、刺激があって楽しい」


 強がりでも何でもない。ヒナはハネイを見てそれを理解した。

 貴族のような振舞いとは違うが、自信に満ちているという部分においては同じだ。

 虚勢でもなくハッタリでもない。

 謎の自信はどこから沸いてくるのだろうか。


「明日は何時に起きますか?」

「6時くらいかな。何かあるのか?」

「いえ、私はあなたのメイドですから。朝、お迎えに上がります」

「みんな専用のメイドや執事がいるのか」

「いえ、そうではありません。一部の生徒のみです。私は学園長からハネイ様のメイドになるよう指示を受けました。なぜ、私のような新人を選んだのかはわかりませんが、ほかの方々と違って安心しました」


 貴族と平民、その差はあまりにも広く、そう簡単に埋められるようなものではない。


「これからよろしく頼むよ」

「はい。では、明日の六時に迎えに上がりますね」


 ヒナを見送り室内に入ると、ベッドと机だけが置かれてあった。


「悪くないね」


――――


 フィアネは自室のベッドで横になり昼間のことを後悔していた。本当なら自分が率先してまもるべきだったのに、それができなかった。


 教育係もまともにできない自分が疎ましかった。


「フィアネ、起きてる?」


 フィアネの友人で同じく一年のフークが部屋に入ってきた。


「鍵、かけ忘れてたか」

「起きてるね。不用心だよ。開けっぱなしなんてさ」

「それは本当にそうね。気を付けないと」


 フーコーは普段ポニーテールにしている髪をほどいており、歩くとその茶色の髪がゆれた。ベッドに座りフィアネの姿を見た。

 

「かなりへこんでる感じ?」

「へこんでるというより自分が情けなくて」

「へこんでんじゃん」

「反省してんのよ。私が戦うべきだったって」

「上手く扱えないんでしょ。仕方ないよ」

「兄様が私の歳のころにはすでに戦えてた」

「血は繋がってても同じじゃないんだから」

「わかってる。わかってるけど、そう簡単に納得できない」


 フィアネとフーコーは入学以前、家同士の繋がりで十歳の頃から交流があった。そのため、フィアネがこのようにへこむことはフーコーにとって珍しいことではない。


 フィアネは強くて誇り高い兄のことを尊敬している。魔法学園でもトップクラスの実力を持ち卒業し、家柄もあるが王国から直接騎士になることを勧められ、そのまま国家直属騎士になった。


 家系の中でも兄の偉業は群を抜いている。

 同じ時代に生まれなければ、兄妹でなければ、このようなことに悩まされる必要もなかったのに、神のいたずらは時に一人の人間に大きな悩みを抱えさせる。


「そういえばハネイくんだっけ? 傷は治ったの? 話でしか聞いてないけどかなりひどい傷だったんでしょ」

「メイドに後を任せた時にはすでに治ってた。いつ完全に治ったのかはわからないけど、刺された直後にはすでに治癒が始まっていたわ」

「即時治癒だとすればとてつもない天才だね」


 フーコーは家は治癒魔法を得意としている。両親は共に十年前の戦争で全線の基地で兵士たちの治療をしていた。


 そんな両親の強い姿と、戦争に参加したことを自慢もしなければ自ら語ることをしない謙虚かつ、戦闘に対する強い否定を現している姿に憧れ、フーコーは治癒魔法の勉強をしている。


 ゆえに、即時治癒がどれ程難しいかを理解している。そもそも、魔力は肉体的損傷、精神的異常で生成できる量が変化する。


 その上、即時治癒は読んで字のごとく、怪我を即時に治癒する。これは、超上級魔法であり、十年前の戦争では相手国にあと10人即時治癒できる魔法使いがいたら負けていたかもしれないと言われるほど、強力かつ貴重な人材。


 魔力を大量に消費するため、術者一人の魔力では賄えず、倒れた兵士から魔力だけを吸出し術者に分け与えることで、単騎で戦える騎士たちの回復の要となっていた。


 仮にハネイが治癒魔法の天才だったとしても、本当に即時治癒ができるなどとフーコーは簡単に認めたくなかった。


「明日休みだけどハネイくんに学園案内するでしょ?」

「うん。今日みたいな失態は絶対にしない!」

「それ、私もついていっていい?」

「構わないけど。どうしたの?」

「たぶんさ、ベレッタはまた何かしてくるよ。フィアネ相手じゃなくてハネイくんに。もしかしたらまた即時治癒するタイミングがあるかもって」


 フィアネは起き上がり、少しだけ強めた口調で言った。


「それは私が何もできず、またベレッタにしてやられると思ってるわけ?」


 フーコーは特に動揺せず答えた。


「そうじゃないよ。次は剣で戦うわけじゃないかもしれない。とくに室内で何かをすることになったら、フィアネは分が悪いでしょ」

「それはそうだけど」

「ハネイくんはきっとまた戦う。それも傷つくことを恐れずに。結果的にそうなれば私はハネイくんの即時治癒が見れるってだけだよ」

「そうよね、ごめん。変に早とちりしちゃって」

「フィアネ、気持ちはわかるけど焦りすぎないでね。私たちまだ一年なんだから」


 兄に追いつかなければと急ぐあまり、フィアネには余裕がなかった。

 フーコーがいなければきっともっと多くの過ちを犯していたかもしれない。

 深く考えすぎてしまうことも反省しつつ、フィアネは明日に備えた。


――――


 ベレッタは自室の机で日記を書いていた。

 今までの日記の内容は自信に満ち溢れていたが、学園に入って初めて、戦いによって敗北した経験が日記に書かれることとなった。


 ペンを折りそうなほどに手には力が入る。

 

「なんであんなやつに私は降参したの! どうせ当てる気なんてなかった癖に!」


 その時、一瞬だけ見たハネイの瞳の狂気を思い出し怒りは静まった。


「……なんなのよあいつ。絶対にこのまま終わらないんだから」

「あたしが倒してあげようかぁ~?」


 ベレッタのベッドの上で本を読んでいたメイメイがゆるっとした口調で言った。

 クリーム色の外はねしたショートヘアが特徴的なメイメイは、夜になるといつもこうやってベレッタのところに来て本を読んでいる。


「あの治癒力をどうにかできるわけ?」

「う~ん、たぶんそれは無理かなぁ。即時治癒だったするならぶっちゃけ対策しようがないよ。いくら相手が平民とは言え学生同士の戦いで致命傷を与えるわけにもいかないし」

「じゃあ、どうするの」

「簡単だよ。ハネイ以外を狙えばいい」


 メイメイはベッドから降りてベレッタに近づくと、耳元で囁くように打開策を告げる。それを聞いたベレッタは不敵な笑みを浮かべて言った。


「いいね。面白くなりそう」



 

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