第4話
剣を握りハネイとベレッタは少し離れ距離をとり見合った。
「しっかり聞いておくべきだね。君、この私と勝負するってことでいいんだね」
「ああ」
「ルールはどうする? 一応学生同士だし無茶するわけにもいかないでしょ」
「なら、どちらかが負けを認めたらってのはどうだ。どんな言葉でもいい。この戦いを放棄した、負けたと認めたら終わりだ」
「へぇ~、それでいいんだ。手が地面に付くとか倒れたらとか、剣を落としたらとかみたいなこと言うと思ってたよ」
「剣の腕はおそらく俺の方が下だ。だから、せめてルールくらいは有利にやりたいだけさ」
「有利? このルールが有利だと思ってるんだ。だとしたらあんたの頭はお花畑ね」
ベレッタは少しでも負けるかもしれないなんて気持ちはなかった。
スーンムーン家は魔法使いの家系でありながら、剣術、体術なども貴族の中では上位に入るほどの実力を持っている。その血を受け継いでいるベレッタも、剣を握れば自然とどう戦えばいいかわかっていた。
周りの生徒たちも集まりかなりにぎわいを見せる中、フィアネはハネイに言った。
「いますぐこんな戦いやめて。あなたが勝てる相手じゃない」
「勝てるかどうかは戦ってから確かめる。それに、わざわざ教育係になってくれたフィアネを馬鹿にするあの態度、見過ごすには度が過ぎている」
「だからっていきなり……」
すると、ベレッタは魔法を発動し結界を張った。
円形で周囲は透明の壁で囲まれている。
「この結界はさっきあんたが言った条件が満たされることで壊れる決闘の結界。私たちの決闘を邪魔できるものはいないわ」
「実力だけが勝敗を決するわけだ。貴族ってのはこういうところはしっかりしてる」
「余裕もここまでだろうけどね」
合図もなしに戦いは始まった。
ベレッタは容赦なくハネイへと剣を振る。
ハネイは剣で受けつつ邪魔なマントをその場に脱ぎ捨て、両手でしっかり握りなおした。
「結構容赦ないんだな」
「スーンムーン家は凡人相手にも手を抜かない。光栄に思いなさいよ。ちゃんと相手してあげるんだからね!」
剣さばきだけでなく魔法により身体強化も同時に行っているため、力でもベレッタのほうが上をいっていた。
度々現れるモンスターとの戦いで、ハネイの動きは素人よりは俊敏かつ切れがあるものだが、とは言え魔法学園の生徒で、しかも剣術にも明るいスーンムーン家のベレッタ相手では当然分が悪い。
その上、ハネイは人間と戦ったことがない。剣の素人が寸止めで止められるわけもない。下手に振ってまぐれ当たりをした瞬間、取り返しのつかないことになる可能性もはらんでいる。
ベレッタはそれを分かった上で、刃のある剣で勝負を挑んだ。
(どうせまともに当てる覚悟なんてないでしょうに。これは戦いじゃない。一方的な私のお遊び。同時にフィアネに無力さを覚えさせる。教育係の癖に何もできずに傍観していたとね。フィアネの表情がゆがむところを想像するだけで、体が暑くなってくる! 早く、早く、早く終わらせたい!!)
その時、ベレッタの目の前に切っ先が見えた。
止まる気配はなくそのまま目を狙い突き進む。
驚きつつもなんとか回避しベレッタは少し離れた。
「あ、あんた……。今完全に刺しに来たでしょ」
「あっ、ごめん。モンスター相手と違うんだもんな。気を付けないと」
「容赦ないのはどっちよ。今の避けてなかったらどうなってたか」
「君の言葉を信用した。手を抜かないのなら、傷つくこともないだろ」
「信用してくれどうも。でもね、あんたがそう来るなら私だって少しやり方を変えるわ」
ベレッタは刀身に手でなぞるようにして魔法をかけ、一振りすると、剣には二重の残像が発生した。
「デュアルマジック。対象のエネルギーを二重にする魔法よ」
周りで見ていた生徒たちは驚きを隠せなかった。
デュアルマジックは剣、銃、槍、拳、物理的な物に対してはもちろん、魔法に対しても発動できる汎用上級魔法。
弾丸を放てば二度通過し、剣を振れば二度斬り、槍を突けば二度刺し、拳を伸ばせば二度打つ。
「覚えてすぐはわずかに重なる程度で大して使い物にならなかった。でも、今の私にはこういうこともできる」
剣を振ると、その衝撃で軽く風が発生する。その3秒後、もう一度風が発生した。
「時間差を制御したのよ。その感覚は0.5秒から3秒まで、これの意味わかる?」
「いや、まったくわからん!」
「堂々といわないでよ! 調子狂うなぁ。簡単に言えば斬撃をそこに3秒間遅れて発生させられる。でも、一度振ってからの3秒間、戦いは続くのよ」
戦闘の最中、しかも限られた場所で戦うとなれば、何度も同じところに足を運ぶことになる。3秒、激しい戦いならばその間に多くの移動が発生する。どこに斬撃が発生するかがわかったとしても、それを回避するために動きはぎこちないものとなる。
「卑怯なんて言わないよね? 手を抜かないって言ったんだからさ」
「言わないさ。ただ、俺もちょいと面白い特技があって、それを使おうと今思ったところだ」
「特技? ここに来るくらいだから魔法の一つや二つは使えるんでしょうけど、それが頼みの綱だったら可哀そうね。そんなか細い綱は今から私が斬るんだから!」
ベレッタはさっきよりも素早く動きハネイへとたたみかける。
防御しても衝撃が二度発生し、その間に別の角度からの攻撃、さらにそこへ二度目の衝撃が発生する。
防御をしているだけで体力は削られていき、体勢を維持するのさえ困難になってくる。防戦一方だった。
「参ったと言いなさい! そろそろ本気で怪我させるよ!」
「なら、その本気で俺を貫いてみろ」
「お望み通り!!!」
決してベレッタは血迷ったわけではない。
挑発に対し迂闊に乗ったわけでもない。
凡人風情が貴族に対しいまだ余裕な表情を浮かべる理由が知りたかった。
ハネイの持ちうる全ての策を完膚なきまでに潰すことこそが、圧倒的な勝利。
ゆえに、ベレッタは斬るのではなく突いた。
デュアルマジックにより斬るという攻撃は常に二重に発生し、受け止めるだけでも厄介な状態だ。しかし、突く、刺すという攻撃に関しては、実のところこの魔法はそこまで便利なものではない。
二度刺したとしても、所詮はまっすぐな単純な軌道。ちょいと横に避けてしまえばいい。ハネイの動きを見て回避はできると判断したのだ。
その上で隙を見せてハネイに攻撃をさせる。そこを叩きのめすつもりでいた。
勢いよく剣を突き出すが、もし当たりそうなら寸止めすればいい。
その段階で勝利したも同然。回避しても潰す。
すでに、ベレッタは勝利した気分で、フィアネの表情が情けなさでゆがむところ想像していた。
「何やってるのハネイ! 避けて!!」
フィアネの声が聞こえる。
ベレッタは思った。何馬鹿なことを言っているのだと。この私が本当に当てるわけがない。フィアネの不安が頂点に達しまともな判断すらできないのかと心の中で苦笑した。
しかし、その直後血しぶきが舞った。
「えっ……」
ベレッタの持つ剣の切っ先が見えない。
「これで動けないだろ」
剣はハネイの肩を貫いていた。
「な、なにやってんのよあんた! わざと前に進んで来たでしょ!」
「言っただろ。俺には特技がある。丈夫という特技だ」
痛みに耐えながらもハネイは左手でベレッタの手を掴み剣を離させないようにした。そのままゆっくりと近づく。
「あまり動かないでくれよ。結構痛いんだからな」
「な、なんで……なんでそこまでして勝とうとするの! たかがお遊びじゃないの!」
「遊びでも本気でもなんでもいい。一言だ。たった一言でいい。フィアネに謝るんだ」
ベレッタはハネイの瞳の奥に混じる狂気を見た。
振り上げられる剣は恐ろしくゆっくりに見え、嫌な汗が全身から溢れ出し体を濡らす。呼吸は浅くなり、体は微弱な震えを起こす。
ベレッタは生まれて初めて理解した。
これが恐怖だと。
「この距離なら俺だって外さない。手は抑えた。剣を抜かせない。魔法を唱えるよりも先に俺の剣が君を斬る」
「……や、やめて」
「聞こえないな。負けを認めてないってことだ。なら、戦いは続く」
「……や……やめて」
「まだ聞こえない。なら、次の行動は決まった!」
剣が振り下ろされる。刃は太陽の光を反射し、鋭く目に刺さる。
「私の負け! だから、やめてよ!!!」
剣は肩に触れるよりもまだ拳一つ分離れたところで止まった。
ベレッタのが感じていたよりも、剣の動きは遅かった。
恐怖が剣の動きさえも曖昧にさせていたのだ。
「じゃあ、あとでフィアネに謝ってくれよ」
「わ、わかった……」
すると、ハネイは再び痛みに耐えつつ、肩から剣を抜いた。
貫通した傷からは血がこぼれ地面の草に付着する。
結界が解けてすぐにフィオネが駆けつけた。
「ハネイ! 早く治療しなきゃ!」
「心配ない。この程度なら時期に治る」
「何言ってんのよ! 貫通してるのよ!」
「だから、大丈夫だって」
ハネイの言葉を無視しフィアネは傷を見てみると、わずかだが傷が回復していた。
触れない程度に指を近づけると、傷口を覆うように魔力がながれていることがわかる。
「もしかして治癒魔法が得意なの?」
「どうなんだろうな。自分じゃよくわからない。でも、魔力を高めて傷に集中させればいつも治る。小さい時からずっとそうなんだ。服も元通りにできれば便利なんだけどな」
フィアネはなぜハネイが招待という形で、しかも国家騎士の招待で入学できたのか疑問に思っていた。肉体の即時治癒という高難度魔法のおかげか、それともさっき見せた狂気の底に何かがあるのか。
それはどちらでもいい。
ただ、ハネイには普通ではない何かがあることだけは理解した。
戦いに負けたベレッタはフィアネの前に立ち、わずかに頭を下げた。肩よりも下には下げない。それでも、ベレッタは心の中ではこんなことをしたくないと思っていたことだろう。表情ににじみ出ている。
「ごめんなさい」
そう一言告げて去っていった。
「とりあえずはこれでよしだな」
「これからもこんな無茶をする気?」
「無茶しなきゃ凡人は這い上がれそうにない。特に貴族だらけのこの場所ではな」
こうして、ハネイの学園初日は始まった。
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