第3話

 ブロードの調査隊が去ってから一週間が経った。


 早朝にハネイの家の扉を誰かがノックした。

 眠気眼を擦りつつ、若干ふらつく足取りで歩き扉を開けると、そこにはイルの姿、それに後ろには十人の兵士を連れていた。


「おはよう、ハネイくん。門出の時だよ」


 今日は魔法学園に向かう日だ。


 ハネイが町を離れられなかった理由である、モンスターについては兵士が町の付近で待機することで解決した。

 

 子どもたちや町に関しても、まだ若い兵士たちが手伝い、子どもたちの相手をすることになっている。


 小さな田舎町のために、ブロードは手厚いサポートをするのも、全てはハネイのためだ。


 制服は青いチェックのズボン、白いシャツの上にベージュのベスト、黒いマントを羽織りそれを鎖骨当たりで止める。

 

「似合ってるよ。じゃあ、行こうか」


 外にはゴンドラとその上に鳥獣型モンスターが乗っている。この鳥獣型モンスターに飛んでもらい目的地へ移動することができる。


 町の子どもたちは物珍しさにゴンドラを眺めていたが、制服を着たハネイを見て、驚いたのち寂しそうな表情で近づいてきた。


「お兄ちゃん行っちゃうの?」


 ハネイは着たばかりの制服が汚れることを一切気にせず、膝をついて少女の目線に合わせた。


「ああ、行ってくる」

「……寂しくなるね」


 イルは小さな不安を感じた。

 子どもたちに引き留められたら、ハネイの気持ちが揺らいでしまうのではないかと。


 だが、次に少女が発した言葉で、不安は消える、


「たまには戻ってきてね。それまでに私たちもお兄ちゃんに自慢できるようなことしておくから」

「楽しみにしてる。俺も学園で学んだことをみんなに教えてやるからな」


 幼い子どもたちは誰一人としてハネイが旅立つことを止めなかった。だが、その表情はとても寂しそうで、いまにもハネイを止めたい気持ちが表れている。


 でも、止めては行けない。

 子どもたちはそれをわかっていたのだ。



 ハネイはゴンドラに乗り、イルがそれに同行する。ゴンドラの上に乗っている兵士が笛を吹くと、モンスターは翼を広げ飛び立った。


 小さくなる町を見下ろしながら、ハネイは呟いた。


「ありがとう、みんな」


――――

 

 魔法学園に到着すると大きな正門で二人は降りた。


「ここが魔法学園グロースアルティヒだよ」


 正門がゆっくりと開く。

 その向こうには巨大な建物があり、かなり奥まで続いている。


「――あなたがハネイね」


 門が開いた先には銀髪の女子生徒が立っていた。赤チェックのスカートに、上は男子と同様に白いシャツの上にベストを着て、マントを羽織っている。


「私はフィアネ。あなたの教育係を任されてる者よ」

「ハネイだ。でも、見た感じ同い年っぽいけど」

「恐らくそうでしょうね。私は成績優秀だから、あなたの教育程度片手間でもできるわ」

「それは頼りがいがある。正直、なにもわからないんだ」


 正門をくぐり学園の中に入ると、目の前には長く上へと続く階段が見えた。一番上は学園長室。一階は教室。二階は先生たちの部屋がある。


「結構広いから最初は迷うと思うけど、時期に慣れるわ」


 フィアネについていき向かったのは教室だ。今は昼休みのため教室には誰もいない。教室は階段状になっており、一つの教室で四十人が授業を受ける。


「学園ってのは貴族ばかりって聞いてるけど、実際どうなんだ?」

「間違ってないわね。あとは貴族じゃなくても才能のある子や貴族の推薦もある」

「試験はどうなってるんだ?」

「一応あるけど、家次第では受けない子は多い。私も試験は受けてないから」

「じゃあ、フィアネもいい家の出なんだな」

「代々国家直属の騎士の家系よ」


 魔法学園の外周は壁で囲まれている。ハネイの育った町の何倍もの規模を誇る敷地で、生徒たちはここの寮で過ごし、勉強をし、実験をし、研究をする。アバラスト王国最大規模の魔法学園なのだ。


 庭園のほうへ行くと外に置かれたテーブルで生徒たちが談笑しているのが見える。

 貴族だから礼儀作法をしっかりしなきゃと思っていたハネイだったが、そんな考えは無意味である理解する事態がすぐに起きた。


 突如、ハネイに向かって炎の球が飛んできたの。


「ハネイ下がって!」


 フィアネは即座に水の魔法を放ち火球と相殺させた。

 蒸発し湯気が揺らめく向こう側で、五人の女子生徒がクスクスと笑っている。


「あなたたち! 今日入ったばかりの相手になんでそんなことするの!」


 フィアネは毅然とした態度でその者たちを注意するが、リーダーであろう一人が足を組みなおし言った。


「噂は聞いてるわ。田舎育ちの凡人がやってくるってね。学園長は何を考えてこんなことしてるかわからないけど、今の炎くらいは自力でなんとかしてもらわないとここで過ごすのは無理だと思わない?」


 ぱっちりとした瞳に黒く艶のある長い髪。その表情には自信が溢れ、ハネイのことを蔑むように見ていた。


「それにフィアネはなんで自分から教育係なんて志願したの? 剣さえもまともに扱えないのに」


 フィアネは苦い表情を浮かべ顔を反らした。

 その姿を見て調子づいたのか女子生徒は立ち上がり、わざと顔を見ようと下からのぞき込む。


「ねぇ、国家騎士の家系なんでしょ。だったら、私を剣術で倒してよ」


 手を叩くと簡素な剣が二本現れ、その一本をフィオネに渡そうとする。

 しかし、フィオネは受け取らない。

 

「こ、こんなところでは戦えない……」

「だよね。だって、騎士の家系なのに騎士とは関係ない私なんかにやられたら言い訳できないもんね」


 その時、女子生徒の手に握られていた剣の一本が不意に取られた。


「……なに? 私とやる気?」


 剣を取ったのはハネイだ。


「俺で良ければね」

「後悔することになるけど、いいんだね」

「まぁ、確かに剣は使ったことないけどなんとかなるだろ」


 女子生徒はあまりにも無謀なことを言うハネイに笑いをこらえきれず、噴き出すように笑う。ひとしきり笑ったのちあっさりと自己紹介をした。


「ベレッタ・ムーンスーン。あんたをこれからコテンパンに叩きのめす者の名前よ」

「ハネイ。苗字はない。一方的にやられるつもりはないよ」

 


 


 

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