第2話
飛ばされたモンスターはそのまま地面に落下し砂煙を舞い上げた。
「さっさと終わらせる。このあとまだ仕事があるんだ」
ハネイはまだ若干体を動かすのが辛いように見えたが、それよりも驚くことが起きた。体から魔力を溢れ出させ、右の拳に移動させ、モンスターをへと叩きつけた。
体から魔力を出す。それ自体は決して珍しいものではない。魔法を学んだ者なら誰だってこの程度のことはできる。驚くべきはこんな魔法とは無縁の田舎町に、魔力のコントロールができる者がいるという事実だ。
イルは動揺しつつもブロードへ問いかけた。
「あ、あの子はいったい何者なんでしょうか」
「わからない。だが、魔力を生成する術を、生まれつきかそれともいつの間にか覚えていたのだろう。それも、戦う直前まで完全に魔力を消していた。かなりの技術だ」
ハネイの魔力を纏った拳は、モンスターの胸を貫き風穴を空け、纏っていた魔力は放射され景色の向こう側へと消えていく。
ハネイがモンスターを倒すと建物に隠れていた幼い少年少女たちが出てきてハネイを囲んだ。
「ねぇねぇ、それ僕にも教えてよ!」
「私も教えてほしい!」
「教えられるもんならとっくに教えてるっての。知らないもんはねだられても教えられないさ」
「え~~ケチっ!」
様子を見る限り、どうやらハネイがモンスターを倒し、魔力を扱うのはこれが初めてではないことがわかる。町の大人たちはハネイが倒したモンスターを町へと運んでいった。
町の中へと戻ろうとするハネイをブロードは呼び止めた。
「君、その力はいつから使えるんだ?」
「いつからって。物心ついた時にはできるようになってました。小さいころにモンスターに襲われて、無我夢中になったら魔力がドーン! って出たんですよ」
「ド、ドーンか……。魔力の出し方を教わったりしてないということだな」
「体を動かすのと同じ感じですよ」
「なら、これはできるか?」
ブロードは手のひらに魔力を見えるようにして溜め、そこから手のひらサイズの炎を出して見せた。
「なんですかそれ!? めちゃくちゃ便利じゃないですか!」
「これが魔法だ。自然現象や特殊な現象を発生させる。武器を作り出したり体を治癒したり、幻覚を見せたりとできることは多岐に渡る。やってみてくれないか」
「で、できるかな……」
ハネイは何度か挑戦してみたが、魔力が膨れ上がるだけで炎が出る気配はなかった。基礎がないせいかとも思えてたが、それにしてもあまりにも不器用。天才かもしれないとブロードは思ったが魔法の才能自体は決して高いわけではないようだ。
「学べば真価を発揮するかもしれないな。君、魔法学園に入らないか?」
「えっ、でもお金もかかるし貴族以外は入れないんじゃ?」
「そこは話をつける。魔法学園に元上司がいるんだ。これだけの魔力を使える子どもを野放しにしているのはもったいない」
すると、少年少女たちが寂しそうな目でハネイを見ていた。
ハネイは町の子どもたちにとって兄のような存在だ。
遊んでくれるし世話もしてくれる。
自然で身につけた知識も教えてくれる。
いなくなるなんて今まで考えたこともなかったのだ。
「こいつらいるし、それにモンスターがやってきたら倒すのは俺なんで。嬉しい誘いですけど行くわけにはいきません」
「そうか。だが、少し考えてほしい。我々は調査が終わり次第、次の町へ行くがイルを置いていく」
「え!? 私置いていかれちゃうんですか?」
「明日の朝までだ。――明日の朝になっても気持ちが変わらなければ、その時はイルにそれを伝えてくれ」
そういうとブロードたちは調査を再開し、すべての調査が終わると次の目的地へと向かった。
ハネイの中に魔法学園への興味はあった。
しかし、町を守るためにここを離れるわけにはいかない。
興味はあれど自分の意志だけで決めるには、町にとって重要な存在になってしまった。
日が暮れ、ハネイはイルを自分の家へと招待した。
ハネイが住むのはごく普通の家だ。
ベッド、テーブル、椅子、棚、簡素ではあるが生活に必要なものはすべてそろっている。だが、ベッドは一つでテーブルは小さく、椅子は一脚しかない。
「一人で暮らしてるの?」
「そうです。親はいませんから」
そういいながらハネイは椅子を引きイルに手招きし座らせた。
「紅茶、用意しますね」
「あ、全然気にしなくていいよ。急に来たんだし」
「客人ですからもてなしますよ」
発火石をこすり火を起こし、台所にある器へ水を注いで火にかけた。
くだものをかごから取り出し器用に小型のナイフで皮をむき始めた。
そんな様子を見ていたイルは、本当に一人で暮らしているのだと実感する。
「こういうの聞いちゃっていいのかわからないんだけどさ。いつから一人なの?」
「たぶん、生まれてすぐに」
「えっ……。じゃあ、親の顔は見たことないってこと」
「はい。物心ついた時にはここにいましたから。それ以前のことはよくわかりません」
「大変だったんだね」
「そんなことないですよ。みんな優しくしてくれますから。それに、王国の直属兵士になっているイルさんと比べたら、俺の人生なんてたかが知れてますよ」
「でも、親がいないと寂しいでしょ」
イルには父親がいない。
周りの子たちは父親がいて、頼って、遊んでもらって、どこかに連れて行ってもらって、その大きな背中に乗せてもらって、それが羨ましかった。
でも、それを表に出してしまうと母親が悲しむ。だから、父親がいなくて寂しいなどと言葉を漏らしたことはなかった。
片親がいないだけでも寂しい思いをしたのに、両親が共にいないとなれば、その寂しさはいるでは想像できない。
なのに、ハネイは簡単に答えた。
「いえ、寂しくないですよ」
「えっ……」
「だって、知らないんですもん」
「で、でも。町の子どもには親がいるでしょ。甘える姿とかみて自分にも親がいたらなって思わないの」
「最初からいなければ、その価値もわからないんです。だから、俺は寂しくありません」
演技でも、強くがっているわけでもない。
本当に、ハネイには親がいるということがなんなのかわからないのだ。
きっと、町の人たちが親の代わりになっていたのだろう。
小さな愛情をたくさん受けたハネイには、親からの深い愛情がなんなのか理解することができなかった。
「ハネイくん。やっぱり君は魔法学園に行った方がいい」
「どうしてですか?」
「君はもっと経験を積むべきだよ。私は王国の兵士になって辛いこともあったけど、それでもいろんなことを経験して成長できた。このままこんな町で終わるなんてもったいない」
瀬那は紅茶と切った果物をさらに乗せて机に置いた。
イルの視線は机のほうに向いていたが、ハネイの手は皿から離れず、強い視線を感じる。イルはゆっくりとハネイのほうをみた。
そこには、怒りか憎悪か。さっきまでの優しい少年の目ではなかった。
「今の言葉は、この町を馬鹿にしてるんですか?」
「いや……そういう意味じゃなくて……」
「馬鹿にしちゃあいけない。俺はここで育ってきた。確かに何もないところだけど、俺は救われた。だから、馬鹿にしちゃいけない」
「ごめんなさい。言葉を誤ったわ。私はただ、君の力があれば、もっと多くの人が救えるし、きっと国の役にも立つ。いずれそれは、町を大きく発展させ豊かにすることもできるの。いろんな人たちが増えて、子どもたちも増えて、学ぶこともできる。そんな町にしたいと思わない?」
半ば恐怖からごまかすように焦って喋ったようにも聞こえるが、イルの本心でもあった。イルの父親はいるが生まれてすぐに反乱軍の戦いに巻き込まれて亡くなった。イルとイルの母親を守るために。
その経験からイルは兵士を目指した。魔法学園に通えるほど裕福ではなかったため、体を鍛えて武器術を学び、ギリギリで兵士になれた。子どもたちに親がいない寂しさを、回避できない出来事で親を失わないように、イルは兵士になったのだ。
「……そうですね。この町が発展していくのは俺にとっても嬉しい。きっと、町の人たちもそうしたいと思っています。でも、今を生きなきゃいけないんです。俺みたいな小さな町の人間は、王国が乱れても栄えても、その恩恵はあまり受けられない。俺が一人いったところで」
「そんなことはない。君が魔法学園で結果を出せば、自ずと王国は君の育った町へ注目する。それに、ブロード体長はすでに君の力に可能性を感じてる。隊長は最年少で兵士になって戦争を経験した。私以上にいろんなことを知っている。そんな人が、君に可能性を感じてるんだよ」
ハネイの心は揺らいだ。
町のためにやらなきゃいけないことがある。
でも、自分がやりたいことはなんだと自分に問いかけた。
答えははっきりしている。
「俺、魔法学園に行ってみたい。だけど、やることが」
「その答えが聞けたからもう教えるよ。君がここからいなくなった後、ブロード隊長は近くに兵士を駐在させる予定なの」
イルは手紙を取り出しハネイへ渡した。
そこにはブロードからのメッセージが書かれてある。
「いつのまに?」
「モンスターを倒した後、調査している時にだよ」
そこにはこう書かれている。
”俺の名はブロード・ロッケイン。王国直属の騎士だ。十年前の戦争を生き延び、今は王国の繁栄のため、今日のように各地の町で調査をしている。その結果、この町ではモンスターが現れた。モンスターが直接町を襲うのを黙って見ているわけにはいかない。君はこの町で自分がモンスターを倒す役目をしなければならないと思っているだろうが、それは間違いだ。君はまだ子どもで、成長するのが役目だ。君が魔法学園に行く意思があるならば、俺の力を使ってこの町を防衛しよう。君が望むなら、できる限りそれを叶える。なぜそこまでするのかと思うか? 単純な話だ。人は助け合い。君の言葉だ”
「隊長からは何も教えずに君と話せと言われたの。君の意思が町に残るほうに強く傾くなら、それはそれで仕方内のないこと。だけど、将来の町のことを考えて、今を前に進む覚悟があるなら、何も言わずとも魔法学園に行くことを選択するだろうって」
「……いじわるな人たちですね」
「ごめん。でも、君の本心から言葉が出たでしょ」
ハネイの表情からは、抑えきれない笑みがこぼれていた。
町を出られるというからではない。安心して、自分の人生の一歩を踏み出せることに、喜びを露わにしていたのだ。
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