まだ見ぬ別れを探して

長月瓦礫

まだ見ぬ別れを探して


「別れはどこにあるのかな?」


「少なくとも、そこにはないと思う」


ヒバリはため息をついた。

少女が本棚を行ったり来たりして、とにかく落ちつきがない。

おばさんに内緒で遊びに来たから、気づかれる前に帰らなければならないからだ。


おばさんは魔界が大嫌いで、あの人たちのせいで生活がかなり苦しい。

あの世界さえなければ、姉さんは死なずに済んだ。

子どもが脱走できるくらい、長たらしい愚痴を近所の人たちと話していたようだ。


彼女の両親はすでに他界し、現在はおばさんと一緒に暮らしている。

何度か店に来ていたが、いつも眉にしわを寄せ、今にも飛び出しそうな勢いで店内を歩いていた。

少女はそんなことをまるで気にも留めず、いつも本を探している。


アオハル堂は魔界にある貸本屋だ。

本を貸す際に保証金を預かり、期限になったら本を返して返金する。


システム自体はよくできていると思うが、まるで儲からない。

人々の善意の上で成り立っているようなものだし、店長の趣味のようなものだ。

オマケ程度に考えていたが、思っている以上に流行っているようだ。


人間界では姿を消した本がここなら見つかると評判らしい。

あくまで貸本屋だから、手元にずっと置いておけるわけじゃない。


「そもそも、ウチの本は商品じゃないんだ。

一週間後には返してもらわないといけない。それは分かってるよね?」


「大丈夫だよ! お金も持ってきたもん!」


彼女は財布を見せた。

日用品などを買い求める客の中に形見として本を残す人が何人もいた。

これからの生活に邪魔だからと、さながらゴミのように置いていく。


残された荷物を整理していくうちに、本棚ができあがる。

日用品を買いに来た客の目に止まり、購入しようとする。

売り物ではないと何度も断ったらしいが、熱烈なファンはどこにでも存在する。


だから、それらをかき集め、有償で貸し出すことにした。

これが貸本屋の始まりである。


いつか戻ってきたときに返してもらうとかなんとか言っていたようだが、実際はどうだろう。まるで音沙汰がないじゃないか。

どこで何をしているのか、誰も把握していない。


少女の言葉の通り、ここには別れしかない。

すとんと心の中に落ちていった。

的をよく射ている表現だ。


しかし、いつまでも気楽に考えていられるわけではない。


今日も熱心な人々が予約もなしに店を訪れ、店長を問い詰めている。

彼らは自らを検閲官と呼び、魔界にある本が人間界に悪影響を及ぼすとかなんとか言って、いつも難癖をつけてくる。


情報が古すぎたり、時代に合わなかったり、現代人と相性が合わないだけで、本は何もしていない。

古典を好む人は大勢いるというのに、それが何度言っても分からないらしい。


そして、本の持ち主たちは人間界から逃げてきた人々ばかりだ。

何らかの理由で迫害を受け、差別され、ここに逃げるしかなかった。

悪影響を与えているのはどちらなのだろう。いくら考えても答えは出ない。


「ところで、何で別れを探してるんだ?」


彼女は出会いではなく、別れを探している。

その意味がよく分からない。この店の背景を知っているわけではないのだろう。


「それを見つければ、ずーっとここで遊んでいられるから!」


少女は満面の笑みで児童書と金をカウンターの上に置いた。

なるほど、身内の偏った思想にうんざりしているらしい。


「じゃあ、今のうちにたくさん勉強しないとね」


「うん! いっぱい本を読んで、大きくなったら本屋さんをやるんだ!」


「へえ、そいつは素敵だね。頑張れ」


「がんばる!」


少女は本を抱えて店を飛び出した。

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