blow the whistle ー口笛ー

マコンデ中佐

第1話 blow the whistle

――――――♪

――――――――♪


「スパイン−1。口笛を止めなさい」


 管制官オペレーターの女が発する無機質な声に、俺は苦笑した。これなら今どきの人工知能AIの方がよほど愛想がいい。


「数分後にはお陀仏だぶつかも知れないんだ、口笛くらい好きにさせて欲しいね」

「無駄口を叩くな。レンジ内に所属未確認機アンノウンを確認。迎撃せよ」 


 暗闇の中にモニターが点ると、表示されるレーダー画面には五つの機影がある。高速でこちらへ接近するそれは、数分後にはこちらをミサイルの射程に収めるだろう。


「こっちはずっと棺桶コクピットで待機してるんだ。すぐに上がる」

「無駄口はいい。復唱を」

「フッ……スパイン−1了解。これでいいんだろ」


 オペレーターが肩をすくめる気配が通信越しに伝わり、機体を載せたトレーが駆動音と共に動き始める。


 FCS火器管制システム起動アクティベート。レーダー電圧チェック。油圧チェック。闇に包まれた棺桶の中にモニターとインジケーターの光が次々と点っていく。


 低く唸るコンプレッサーがエンジン内の圧力を高めていくのを感じながら、フラップやラダーの稼働を確認した。


 今日も俺の愛機ベイビーは上機嫌。いつものようにくれそうだ。


 トレーの移動が停止して、エレベーターが上昇を始める。飛行甲板フライトデッキに出た愛機が陽の光に輝いた。


 流れるような翼胴融合ブレンデッドウィング&ボディのフォルムと前翼カナード。そして特徴的な前進翼。機首に描かれた骸骨のマーキングが不気味に笑う。


「スパイン−1。テイクオフ」


 XFA−27。試作戦闘攻撃機「竜牙兵スパルトイ」が、電磁カタパルトに接続され、アフターバーナーの点火と共に射出された。


 文字通り弾かれたように加速し、ショックコーンを置き去りにして音速の五倍の速度に達する。


 風防キャノピーも装甲で覆われたこの最新鋭機は、空の景色を見られないのだけが欠点だ。


「スパイン−1接敵エンゲージ。レンジオン」


 機首のレーダーを照射すると、敵機を示す五つの三角形がターゲットコンテナに囲まれる。捕捉ロックオン発射シュート


「スパイン−1。FOX1ミサイル発射


 同時に十二の目標を追尾できるゲイ・ボルグ空対空ミサイルが、白い尾を引きながら飛翔していく。


 一拍遅れてミサイルを発射した敵編隊が回避行動に移るが、俺はそんな真似はしない。加速してミサイルの隙間をようにすり抜け、大きく旋回してゲイ・ボルグから逃げる敵機の背後を取った。


 三つの爆発が空中に花を咲かせた。残った二機はそのまま撤退するようだが、そうは問屋が卸さない。


FOX2ミサイル発射


 まずは一機を短距離AAM空対空ミサイルの餌食にする。恐らくこいつらの人工知能AIはひとつ前のモデルだろう。機動が素直でが良すぎる。


 残る一機のシックス背後を取ってミサイルを発射。予測通りの回避パターンを取った敵に照準を合わせ、トリガーを引いた。


 二〇ミリバルカンが軽快なモーター音を響かせ、高速回転する銃身から通常弾と徹甲弾のミックスを吐き出した。曳光弾が描き出す曲線が敵機に吸い込まれ、残弾カウンターが二割減る頃には、敵は蜂の巣になっている。


「フッ……手応えの無い野郎だ」


 人工知能には意地も根性もない。そして何より外連味けれんみが足りない。予測通りの機動を繰り返す敵と戦うのは退屈極まる。


「スパイン−1、ミッションコンプリート。RTB」


 欠伸が出るのを堪えながら、俺は母艦へ機首を向けた。




「ねえ主任。こんな事、もう止めませんか」


 喋っているのは俺の専属整備員だ。愚痴っぽいのが玉に瑕だが、ポニーテールとソバカスがチャームポイントのかわい子ちゃんだ。


 彼女は台車を押しながら、隣を歩く上官に不満気な顔を向けている。


「仕方ないだろう。上層部からの通達だし、実際にはウチのエース様だ」

「だからって……」


 顔をしかめた彼女は、台車の上の《俺》を見る。


「戦闘機の人工知能にネットフリックスを接続するのは良くないですよ!」

「フッ……可愛い顔が台無しだぜ。ベイビー」

「くだらない『キャラ』の演算にリソースを食われて、熱暴走寸前じゃないですか」

「フッ……俺に触ると、火傷するぜ」

「もうヤダァー。うるさい!」


 台車に乗せて運ばれる、俺のファンはフル回転している。


「前回のエディー・マーフィーみたいのよりは良いだろう?」


 主任が肩を竦めると、彼女は深い溜め息をついた。

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