第8話 僕らは新たな侵略者に包囲される
竜崎の漫画を見た翌日、僕は授業が終わると真っ先に視聴覚教室に向かった。
片瀬に「撮りたい映画ができたから、交換条件を呑むよ。ショートフィルムを作らせてくれ」というためだった。
もちろん、演劇部に依頼されたショートフィルムには杏沙なんて出せない。でもそいつを引き受ければ、演劇部の役者を貸してもらえるのだ。
竜崎から原作の使用許可を貰った時点でもう、僕の中にはいくつかの場面が動く杏沙の姿と共に動き出していた。
「片瀬先輩ですか?……昨日から来てませんけど」
僕の問いに答えてくれたのは前回、主役を務めていた神代美冬という女子生徒だった。
「来てない?……ふうん」
「なんか、少し前から様子がおかしかったっていうか……」
「様子がおかしい?」
「演技のアドバイスをしている最中に突然、私達が聞き取れない言葉をつかったり……」
「聞き取れない言葉だって?」
僕はぞっとした。まさか片瀬までが図書館の連中の仲間になるとは。僕がさらに詳しい話を聞くべく美冬に「他に気になったことは?」と問いを重ねようとした、その時だった。
「神代さん、あんまり外の人に部員の事情を喋っちゃ駄目」
上級生らしい部員にたしなめられた美冬は「はあい、ごめんなさい」と返した。
「すみません、稽古があるので」
美冬はそう言って僕にくるりと背を向けると、そそくさとステージの方に戻っていった。
――木ノ内に続いて片瀬までも……これはいったい、どういうことなんだ?
僕の脳裏に真っ先に浮かんだのは、かつて僕と杏沙が命がけで侵略を阻止した敵『アップデーター』のことだった。
※
そろそろこの辺で『アップデーター』たちのことについて、話しておいた方がいいかもしれない。
『アップデーター』とは二か月前、どこからともなくこの街にやってきて僕らの身体を乗っ取った謎の生命体(?)の事だ。
奴らは僕らや家族の身体のみならず、この街全体を自分達の支配下に置こうと目論んでいた。そのために奴らが行ったことは、僕らの意識を身体から切り離して別の場所に閉じ込めることだった。
僕と杏沙――『アップデーター』の研究をし、警鐘を鳴らそうとしていた博士の娘だ――は、閉じ込められる寸前に『幽霊』と呼ばれる意識だけの状態になってかろうじて逃げおおせた。
僕らは『アップデーター』に存在を感知されそうになりながら街のあちこちを逃げ回り、五瀬さん、四家さんという七森博士(杏沙のお父さんだ)の助手に助けられた。
僕らは『ジェル』というゼリーみたいな物質に意識を移し(この辺の話は難しくて僕にもわからない)、やがて『ジェル』の身体を思い通りに動かせるまでになった。そして五瀬さんが作った僕らそっくりのアンドロイドに『ジェル』の姿で乗り込むと『アップデーター』から街を取り戻すための闘いを開始したのだ。
まあ、戦いといっても僕らが奴らをぶちのめしたわけじゃなく、たくさんの協力者と共に奴らのボスをおとなしくさせた――というだけの話なのだが。
『アップデーター』は人間に敗北した後、消えたのか小さくなったのかとにかく身体と街の支配を諦めて静かになった……というのが『アップデーター事件』の顛末だ。
僕と杏沙は誰にも知られずに街を救った後、また元の生活へと戻っていった。このまま何事も起きなければ、僕は映画監督を夢見るごく平凡な中学生として穏やかな日々を送るはずだったのだ。
だが、こうして新たな異変が起きた以上、僕の平和な日常と杏沙を主演にした第二作の製作は後回しにせざるを得ない。
――こういう現象は、七森博士に相談するのが一番いいんだろうな。……でも。
できれば杏沙と再会するなら映画の撮影であって欲しかった――と僕はため息をついた。
※
さらに翌日は木ノ内、片瀬に続いて久保田までもが来なくなった。
――やはり『アップデーター』が復活したのだろうか?それとも『アップデーター』ではない、別の何かがあいつらを乗っ取ろうとしているのだろうか?
僕が膨れ上がる不安を持て余していると、ふいに二つの影が目の前に現れた。
「真咲、新しい曲ができたぞ。聞いてみないか?」
「真咲君、次の映画ってどうなってるの?」
僕の前に立っていたのは畠中と江田の二人だった。
「まだ目処が立ってないよ。……プロットが固まったら声をかけるから、それまで待っててくれ」
「……じゃあ、曲だけでも聞いてみないか?」
「いや、それも今度でいいよ」
僕は畠中が差し出したイヤフォンをやんわりと断ると、「ちょっと用事があるから」と言って席を立った。速足で廊下に出た僕は呼吸を整え、今見た光景を頭の中で反芻した。
――なんてこった、あいつらまで「あっち側」に引きこまれかけてるのか!
僕が畠中と江田の二人に見たもの、それは彼らの目の中がいつもより明らかに白っぽく、瞳も小さいという事実だった。
「いよいよやばいぞ、これは。……何とかして七森博士と連絡を取らなくちゃ」
怖くてすぐ教室に戻ることができず、廊下をとぼとぼと歩いていた僕の目に飛び込んできたのは、何やら不穏な空気を漂わせている二人――僕のクラスの副担任、五十嵐先生と他のクラスの男子生徒だった。
「裕美ですか?実はこの前から部屋に閉じこもって出てこないんです。どうも寝てないみたいで」
五十嵐先生に困惑顔で何かを訴えている男子生徒の顔を見て、僕ははっとした。男子生徒の顔が桃生裕美とどこか似ていたからだ。……ひょっとして裕美の兄弟なのか?
「ふうん、そうなのか。……どうも最近、そういう生徒が多い気がするな。裕美君がそうなった理由に、何か心当たりはあるかい?」
「さあ……」
「――ま、いいか。裕美君のことは心配だろうけど、家族が見守っているなら大丈夫だ」
「そうだといいんですど。……とにかく少しは寝てくれないと落ちついて暮らせません」
男子生徒は五十嵐先生にそう訴えると、疲れたような表情で階段の方に去って行った。
僕はこちらにやってきた五十嵐先生に「先生、今、出てこなくなった生徒の話をしてましたよね?」と声をかけた。
「ああ、そうだ。あの子は桃生君と言って、僕が臨時顧問をしている英会話研究会の参加メンバーなんだけど、同じ研究会に参加している双子の妹さんが具合が悪いみたいでね」
「双子の妹……」
なるほど、それで裕美と顔が似ているのかと僕は納得した。
「ところでうちのクラスのことなんだけど、健康上の理由で担任がしばらく休むことになった。本来は副担任の僕が担任を引き継ぐ所なんだけど、どうも僕じゃなく新しく来る先生が引き継ぐことになりそうなんだ。ちょっと頭の片隅に入れといてくれないか」
「新しい先生……?」
「まあ、赴任するのは来週からなんで、今週いっぱいは僕が代わりを務めることになるけどね」
「そうですか、わかりました」
「ああそれと明日、転入生も来る予定だ。来たらよそよそしくせず、親切にしてやれよ」
「転入生……それはまた急な話ですね」
一度に色んな情報を聞かされた僕は、どうせ忘れちまうだろうなと思いつつ「覚えておきます」とおざなりの返事を口にした。
――新しい先生や転入生も気になるが、それよりもやはり自分にとって重要なのは『アップデーター』が復活したのかどうかだ。
僕は教室に引き返しながら、新たな侵略者なんて存在しませんようにと胸の内で呟いた。
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