第6話 僕らは白昼の路上で異界を見る


「……前の出口を、椅子で塞いでるみたい。やっぱり今日も集まりがあったんだわ」


「どうする?」


「本を戻しに行くふりをして、後ろの戸から出ましょう。おしゃべりは無しよ、いい?」


「了解だ」


 僕らは本を手に席を立つと、まっすぐ書架の方へ向かった。


「本を戻したら、そのまま出口に直行よ」


 裕美は僕を見ずに言うと本を棚に戻し、その場でターンした。僕と裕美が後ろの出口に向かって歩き出すと、背後で数名の生徒がざわつき始めた。


 ――まずい、気づかれた!


 僕より先に出口に着いた裕美は、引き戸を開け放つと「先に出て」と僕に目で合図を送った。僕が慌てて外に出ると、続いて引き戸の隙間から裕美が姿を現した。


「……とにかく、ここを離れましょ」


 息を整えながら裕美が言った直後、戸板越しに複数の生徒が交わす異様な言葉が聞こえ始めた。


「▽#○◇☓○……」


 やはり、と僕は思った。中から漏れ聞こえてきた言葉は、撮影の日に望月たちが口にした「聞き取れない言葉」とまったく同じだったのだ。


「……走れる?」


「うん」


 僕らは頷き合うと、時折背後を振り返りながら駆け足でその場を離れた。


                ※


「……ね、わかったでしょ」


 ようやく職員室の前までたどり着くと、裕美は大きく肩を上下させながら僕に言った。


「追いかけてきた奴らは多分、時間差で後ろの戸にバリケードを作る担当だったんだな。僕らが中に入った時にはすでに、そういう段取りを全員が共有してたってことだ」


「どうやって?そんな相談をしていたようには見えなかったわ」


「あるいは相談なんて、あいつらには必要ないのかもしれないな」


「どういうこと?」


「言葉じゃない、未知の手段で会話するような奴らを、僕は知ってるんだ」


「知ってるって……真咲君、あなたいったい過去にどんな体験をしてきたの?」


「それは……まあ、機会があったら日をあらためて話すよ。今日はもう帰ろう」


「うん……わかった。じゃあ近いうちに声をかけるから、その時はちゃんと聞かせてね」


 僕は裕美に頷きながら、杏沙と二人だけの秘密を外の人間にどこまで話すべきか、考え始めた。


                  ※


「参ったよ、もうあのクラブは駄目だな」


 図書室で異様な光景を目撃した翌日の放課後、なぜか僕を追いかけてきた久保田が校舎を出るなり言った。


「だめだって、どういうことだい?」


「実はさ、木ノ内だけじゃなく細根も、ギターの奴もみんなおかしくなっちまったんだ。まともなのはピンチヒッターの俺と竜崎だけっていう、笑えない状態なのさ」


「細根まで……」


「そんなわけでバンドは無期限の活動停止、俺も竜崎も元の無所属に逆戻りってわけ」


「そうか……実はさ、僕の周りでも何か急におかしくなる連中が出始めてるんだよな。しかもそいつら、自分がどう変わったのか友達にも絶対、言わないみたいなんだ。一体、何が起きてるんだろうな」


 僕が久保田に思わずぼやきを漏らした、その時だった。何の前触れもなく一つの影が僕らの行く手に立ちはだかった。


「……久保田」


 僕らの前を通せんぼするように塞いでいたのは、軽音楽同好会で顧問を担当している城島きじま先生だった。


「どうしたんだいったい。木ノ内や細根に続いてお前まで出てこなくなったら、同好会は潰れるぞ。残ってる連中で新しいバンドをやろうっていう気はないのか?」


「そうは言っても先生、現実的に無理ですよ」


「……無理じゃない。生まれ変わる気があるなら、新しいことはいくらでもできるんだ」


「そんなこと、言われても……」


 久保田を思いとどまらせるべく説得を始めた直後、城島先生の外見に驚くべき変化が現れた。両方の目が次第に白っぽくなり始めたのだ。


 ――待って、嘘だろ。


「久保田、新たに生まれ変わることで、今まで使っていなかった力が目覚めるかもしれないんだ。お前の秘めた力を、先生と一緒に引き出さないか」


 城島先生は明らかに普通じゃない理屈を口にすると、久保田のリュックについている持ち手に向かって手を伸ばした。


「い、いや俺は……」


 城島先生の指が久保田の荷物にかかった、その時だった。


「何やってんだ?久保田」


 突然、横合いから声がして背の高い人物がふらりと姿を現した。


「竜崎……」


「ああ先生、ちょうどよかった。俺と久保田、バンド辞めますんでよろしく」


「お前も辞めるだと?なぜだ?」


「つまらないからですけど……理由になってないですかね?」


 竜崎がさも当然と言わんばかりの返しをすると、城島先生は「つまらないなら、もっと面白い何かを作り出せばいいじゃないか」と諭し始めた。


「もうクラブ活動は飽き飽きしたんです。何だか最近、わけのわからない言葉を使う奴が増えたし……」


「わけがわからないだと?……わからなくはないさ。▽☓◇#○△……」


 僕はぎょっとした。普通に大人として説得しているのかと思いきや、先生は図書室の連中と同じ「変わってしまった」側の人間だったのだ。


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