第5話 僕はぶっつけ本番で読書家を演じる


 一度断った以上、もう生徒会の連中との接点はなくなったはずだ。……そう思っていた僕が、別の理由で再び図書室に行くことになったのはお試し撮影の二日後だった。  


「あなた、生徒会に雇われたカメラマンでしょ」


 視聴覚室に行こうとしていた僕を廊下で呼び停めたのは先日、図書室で本を読みながら望月たちをチラチラ見ていた女子生徒だった。


「えっ……」


「生徒会室に行くの?」


「いや、視聴覚室だけど……なんで?」


「生徒会の人たちの仲間だと思ったから……違うの?」


 女子生徒の問いに僕は即座に首を振った。人聞きが悪いこと、この上ない。


「通りがかっただけだよ。それにカメラマンはもうやめたんだ」


「やめた?」


「そう。どうして僕が生徒会の人間だって決めつけるんだ?生徒会が嫌いなの?」


「まあね。早とちりしてごめんなさい。もういいわ。行って」


「呼び止めといてもういいはないだろう。……僕はC組の真咲新吾。君は?」


「E組の桃生裕美ものうひろみ。ねえ真咲君、私がこの学校で信じられない物を見た話をするっていったら、真面目に聞いてくれる?」


「うーん、そうだな」


 いきなり予想外の問いを突き付けられた僕は、どう答えた物が考えあぐねた。


「悪いけど、たぶん僕は君より信じられない物をたくさん見ていると思うよ」


「え……」


 僕が言い返すと裕美は唖然とした表情になり、目をぱちぱちさせた。


「面白いわね。……あいつらの仲間でもないみたいだし、話して見てもいいかな」


「あいつら?」


「生徒会の連中と、そして……そうだ、説明するより見て貰った方が早いかも。私と今から図書室に行ってくれる?そろそろ『集会』が始まる時間だわ」


「図書室?集会?なんのことだい?」


「図書室を利用してる生徒の中に、変な言葉で会話しながら「仲間」を増やしてる怪しい人たちがいるの。私も一度、本を読んでたら取り囲まれたことがあったわ」


「変な言葉……」


 僕は望月たちを撮影していた時、突然、生徒会の連中の言葉が聞き取れなくなったことを思いだした。あんな風に急に、使っている言葉が変わってしまうとでもいうのだろうか。


「とにかく来て。実際に見ればあなたにも奴らのやばさがわかるわ」


「そんなにしょっちゅう、やってるのか?」


「……と、思う」


 僕は裕美に誘われるまま、図書室へと足を向けた。それはよく知っているはずの場所で思いもよらぬ冒険をさせられる羽目になるという、以前にもあった状況を思いださせた。


                  ※


「……どうやら集会はしてないみたい。この前とは顔ぶれも違うようだし……どうする?中に入ってみる?」


 図書室の前でいったん立ち止まり、戸を細めに開けて中をうかがった裕美が言った。


「十分くらいいて、何も起こらなかったら出よう」


「何かあったら?」


「もっと早く、出た方がいい」


 僕らは意を決すると、ただ単に本を読みに来ただけという顔をして中へ足を踏みいれた。


 裕美は中に入ると周囲に目を遣ることなく、海外文学の棚に直行した。読書に馴染みのない僕は、従者みたいに黙々と裕美の後に続くのみだった。


「最近はちょっと切ないような、シビアな感じのする話が好きなの。ダニエル・キイスとかカズオ・イシグロとか」


 僕は「はあ」としか言葉が出なかった。作者名を言われても、僕にはちんぷんかんぷんだ。


「よくわからないんだけど……」


「じゃあこれは?タイトルぐらいは聞いたことあるでしょ」


 裕美が僕に示した背表紙には、『アルジャーノンに花束を』とあった。


「何か聞いたことある……でも内容は知らない」


「いい話よ。私は小学校の時に読んじゃったけど」


 僕らは適当に選んだ本を携えて入り口近くのテーブルに陣取ると、読書を始めた。


「真咲君、パフォーマンスでいいわよ。没頭して逃げられなくなったら困るから」


「うん、わかってる」


 言われなくても文字がびっしりと並んだ本に挑戦しようという気は、はなからない。……とはいえ、さすがに十ページくらいは読まないと図書室に来た意味がない。


「うーん。なかなか先に進めないなあ」


 僕は慣れない文章と格闘しながら、一頁ごとにぶつくさ不平を漏らした。


「……今日は空振りかな」


 読書を始めて十分ほど経過したころ、裕美が聞こえる課聞こえないかくらいの声でぽつりと漏らした。だが、ため息をついて本を閉じた瞬間、急に裕美の目が険しくなった。


「……真咲君、周りを見ちゃだめ」


 僕は裕美の言葉にぴんときた。僕はこういうただならない雰囲気を何度となく経験しているのだ。


「――見られてる」


「見られてる?」


 裕美が声を低めて囁いた、その時だった。がーっという椅子を動かす音が聞こえ、僕はたちは無言で顔を見あわせた。

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