第4話 僕はカメラに映らない異変にたじろぐ


「ええと、真咲君だっけ。私、D組の佐倉未亜さくらみあ。生徒会では書記をやってるの、よろしくね。とりあえずカメラは私の携帯を使って。動画の撮り方は大体、わかるよね?」


 図書室に足を踏みいれた僕を出迎えたのは、見覚えのある他クラスの女子生徒だった。


「私たちはあの大テーブルでディスカッションするから、それを十五分くらい撮りっぱなしにしてくれればいいわ。長回しにするかカットごとに色んなアングルから撮るか、それは自由」


 佐倉と言う女子生徒が僕に手渡した携帯は、幸運にも僕と同じ型のものだった。


「あと図書室にいる他の子たちからは、映っても構わないっていう許可を取ってるわ。アップにさえしなければ誰にレンズを向けても大丈夫。望月君が合図したら回し始めてね」


 僕はいかにも優秀そうな顔つきの佐倉に「了解」と頷くと、動画モードの機能チェックを始めた。


 ――よし、基本的にロング中心で撮ろう。最初の方で一人一人、アップで撮っておけば文句はないだろう。


 撮影にあたって、僕はあまり遠近を使い分けない絵作りをすることにした。携帯のズーム機能があまり好きじゃないということもあるが、発言者をいちいちクローズアップするような演出はなんだか作り物臭い気がしたのだ。


「それじゃあ、はじめます」


 望月が開始の合図をすると、場の空気がぴりりと引き締まった物に変わった。


 僕はカメラを動画モードにすると、少し離れた書架に背をつけた状態で録画を始めた。


 僕はテーブルを囲んでいる四人を撮影する一方、背景となる図書室の様子も併せて撮り始めた。フレームが捕えたのは本だらけの、僕にはあまりなじみのない世界だった。


 ――プロの映像クリエイターを目指すなら、少しは本も読まなきゃな。


 あまり本を読まない僕にとって、静かに本に集中する利用者たちの姿は尊敬の対象といってもよかった。


 僕はひとしきり感心すると、再びカメラを討論してる四人の方へ戻した。僕は自分が場違いな存在であることを意識しつつ、撮影の仕事に集中した。


「……さて、スポーツ系のクラブは底上げが必要、ということで意見が一致したけど、文科系のクラブはどうかな?」


 望月の司会は場の空気をうまくまとめつつ、それでいてどこか挑発的だった。


 「軽音楽同好会の最近の活動なんですけど――」


 そう声を上げたのは、佐倉未亜だった。


「以前と比べてロック系のバンドを組む生徒が多くなって来ています。私個人としてはもっと文化的というか、知的な感じの音楽があってもいいんじゃないかと思います」

 

 ――文化的かあ。


 僕は携帯のカメラを構えながら、中学生が知的だの文化的だのと言ったって、そもそ何が文化的かわかるほど物を知らないじゃないかと思った。


 それとも、望月の言う「新しい校風」ってのは、中学生のまま中学生以上の存在をめざすっていうことなのか?


 僕は熱い議論を交わす四人を撮りながら、何も考えずに課外活動を楽しんでいる生徒との温度差につい「こいつはストレスの溜まる仕事かもしれないな」とぼやきを漏らした。


                   ※


「あと、気になるのは演劇部かな」


 沈黙を破って唐突に発言したのは、ふっくらした顔立ちの男子生徒だった。


「ふむ、どういう風に?」


「もっとこう、人間の常識に対して疑問を投げかけるようなテーマの大きい作品をやるべきだと思うんだ。今の人間は間違ってるんじゃないか、とかそういう問題提起だね」


 ――一体、何を言ってるんだ?この生徒は。そもそも、人間が間違っているなんてテーマの劇を、誰が見る?


 僕が携帯のビュアーを覗きながら唖然としかけた、その時だった。ふとフレームの隅の方で議論している望月たちの方を見つめている生徒がいることに気づき、僕は携帯を固定したままその生徒の姿を目で追った。


 女子だ。本好きらしくおとなしそうな雰囲気だが、それにしてはまなざしの力が強い。杏沙のクールな雰囲気とはまた違うが、僕のクラスにはいないタイプだ。


 女子生徒が目線を手元の本に戻すと、僕もカメラのビュアーに目を戻した。その瞬間、それまで特に違和感もなく見ていた生徒会の連中が急に、異様な物に映り始めたのだった。


「でもコンクールとか、文化祭のことを考え☓▽◇#○……」


「その考え方で行くと、軽音楽同好会もわかりやすい音▽#○◇☓……」


 ――なんだろう、途中から全然、聞き取れないけど僕の耳がおかしくなったのか?


 さらに僕を驚かせたのはカメラを動かした時、端の方に映ったさっきとは別の女子生徒だった。

 書架の前で本を選んでいる女子生徒の黒目が徐々に小さくなりほんの一瞬、目が真っ白になったのだ。

 

 ――えっ?


 なおも見続けていると今度は白目の周囲から黒い色がじわじわと中心に向けて広がり、目の中が小さな白い点を残し黒一色になった。


 ――うわっ!


 僕が思わず携帯から目を離した瞬間、望月たちが一斉に僕の方を見た。

やばい、カメラマンがNGを出したらそれこそ本物の撮影事故だ。


 僕が「なんでもない」というように手を振ると、望月たちは再び何事もなかったかのように議論に戻っていった。


 僕がなかなか戻らない動悸をなだめ、自分に「落ち着け」と言い聞かせているとふいにがたんと音が聞こえた。音のした方に目を遣ると、先ほどこちらを見ていた女子生徒が本を抱えて出口へ向かうのが見えた。


 結局、十五分の間に「異変」に対して何らかの反応を見せたのは、出ていった女子生徒ただ一人だった。


「……オーケー、もう止めていいよ真咲君」


 望月がそう宣言すると、僕はその場にへたりこんで太い息を吐いた。やれやれ、やっと撮影の呪縛から解き放たれたか。


「お疲れ様。今日撮ってくれた映像はこっちで編集しておくよ」


「なあ望月」


「何だい?」


「正直に言うと、本番のカメラマンは僕には務まりそうもない」


「なぜだい?」


「僕はさ、やっぱりリアルなドキュメンタリーより、作り物のお話を撮ってる方が合ってるし楽しいんだ。できないわけじゃないけど、こういう撮影には向いてないと思う」


「そうか。……まあ、別に構わないよ。協力しようって気になったら声をかけてくれ」


 望月はあっさり引き下がると、携帯を置いて立ち去ろうとする僕に「今日の仕事ぶりを見る限りじゃ、君も僕らの考える『新しい校風』になじめると思うんだがなあ」と言った。


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