第3話 僕は新しい何かを手伝う約束をする
廊下を当てもなくぶらぶらと歩いていた僕は気がつくと、半分戸が開いていた視聴覚教室の中を覗きこんでいた。ここではいつも放課後に演劇部が稽古をしているのだ。
――ええと、片瀬は……
僕は動きまわっている部員の中に片瀬の姿を探した。が、白板の前に設けられたミニステージの上をいくら探しても、片瀬の姿を見つけることはできなかった。
『あなた、ひょっとして私が犯人だとでも言いたいの?』
ステージの中央でひときわ大きな声を出しているのは、あまり見たことのない女子生徒だった。
――なかなか可愛いな。けど、やっぱり杏沙の代わりにはなりそうもない。
僕は杏沙の浮世離れしたオーラを思いだし、うーんと唸った。僕が稽古を遠巻きに眺めながらぼんやりしていると、ふいに背後から「あら真咲君珍しいわね、練習の見物なんて」と声がした。
「……ひょっとして、映画にキャスティングする主演女優の候補をスカウトしにきた?」
どぎまぎしながら振り返った僕は、すぐ後ろに立っている女子生徒を見て思わず目を見開いた。
「……片瀬」
「どう?あの子いいでしょ。うちの次世代エースなの」
「うーん、確かに存在感あるよな」
「
「ふうん……演劇部もなんだか盛り上がってんな」
「ねえ真咲君。演劇部のサポート付きで映画を撮りたいのなら、交換条件を出してあげてもいいんだけど」
「交換条件?」
「十一月締め切りの『ショートフィルムコンペ』っていう企画に、十五分の短編映像を出そうっていう話が出てるの。カメラマンをやってくれるなら、あなたが映画を撮る時にうちから役者を貸してあげるよう部長に口を利いてあげる」
「策士だなあ。考えとくよ」
「どっちにしてもうちの仕事が先になると思うから、返事は早めにね」
片瀬は僕の映画に自分を出せとは言わなかった。もしかしたら杏沙の存在をどこからか聞いていて、それで名乗りを上げるのをためらっているのかもしれない。
「さあみんな、やり易いシーンの練習ばっかりしてないで、面倒くさいシーンの練習もしてちょうだい!」
片瀬は僕とのやり取りを終えると、ミニステージの方につかつかと歩いて行って稽古中の部員に檄を飛ばし始めた。
「……仕方ない、中間試験の勉強でもするかあ」
視聴覚教室から立ち去った僕は、ロッカーに戻って自分らしくない独り言を言いながら自分の荷物を出した。
バッグから携帯を取り出して電源を入れると母からの連絡以外は何の着信もなかった。
僕はロッカーの前で「はあ」とため息をつくと、「今日は来てるかと思ったけどな」と、誰に言うでもないぼやきを漏らした。
言うまでもなく、期待していたのは杏沙からの着信だった。
――ちょっとした近況報告くらい、寄越せよな。知らない間柄でもないんだから。
僕は一方的な不平を飲み下すと、八つ当たりするように携帯を乱暴にしまった。
※
「真咲、ちょっと相談があるんだけど」
三時間目が終わり、移動教室の準備をしていた僕の前にふらりと現れたのは生徒会で副会長をしている
「なんだい、唐突に」
「君、映画を撮ってるって話、本当?」
「うん、まあ短編だけどね」
僕は咄嗟に言葉を濁した。こちらから教えたわけでもないのに映画のことを尋ねてくる連中は、なにかをもくろんでいることが多いからだ。
「その能力を少しだけ、僕らの仕事に貸してくれないかな」
「どういうことだい?」
「実は今から十月末までのひと月、生徒会が中心となる形で新しい校風を作ろうっていうキャンペーンをやろうってことになったんだ」
「新しい校風?なんだいそれは」
「詳しい内容はこれから煮詰める予定なんだけど、文化とかスポーツへの取り組み方とか、今までの常識を見直してどこの学校にも無い校風を作ろうっていう趣旨の活動なんだ」
「どこの学校にもない校風だって?私立ならあるかもしれないけど、自然にできた校風以外のカラーをわざわざ作る必要があるのかい?」
「あると思うからやるんだよ。まずは活動の紹介を兼ねたプロモーション映像を作る。それから集会を開いてそれを流す。そう言った活動を定期的にやりたいんだ」
「まさかそのプロモーション映像とやらを、僕に撮れっていうんじゃないだろうね」
「その通りだよ。もちろん、向いてるかどうかを試す機会も考えてる。どうしても気が乗らなかったら辞めてくれて構わない。パイロットフィルムの製作だけでも、試しにやってみてくれないかな」
「まあ、試しに撮るだけなら……」
「決まった。じゃあ今日の放課後、図書室に来てくれ。試験的に撮るだけだからカメラは携帯の奴で構わない。参加者は生徒会から僕を含む四名、ディスカッションしている所をいろんな角度から撮ってみて欲しい。編集とナレーション入れは後で僕らがやる」
「わ、わかった。図書室だね」
僕は半ば強引に押し切られる形で望月の依頼を承諾した。たしかに映像の仕事はどんなものでも多少の興味はある。得意なのはストーリー物だが、ドキュメンタリーだから嫌だとかそういう好き嫌いはない。
でも、と僕は思った。
――『新しい校風』っていったい、なんだ?
望月が口にした聞きなれないワードは結局、午後の授業が終わり就業のチャイムが鳴るまで僕の頭に引っかかり続けていた。
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