第2話 僕らは青春を充分に謳歌できない


「真咲、ちょっと面白い音ができたんだけど、聞いてみないか?」


 昼休み、一人で弁当を食べていた僕は、突然近づいてきたクラスメートに「ああ、飯の最中だけど、それでよければ」と応じた。


「スリラー系の短い奴なんだけど、綺麗だけどぞっとする、みたいな音なんだ」


 弁当を頬張る僕の横で携帯の操作を始めたクラスメートの名は、畠中祥吾はたなかしょうご。僕の映画にしばしばオリジナルのBGMを提供してくれる身近なクリエイターだ。


「タイトルは『ホラーA1・一分三十秒』だ。聞いてみ」


 僕は言われるまま、イヤホンを耳に当てた。するとシンセサイザーのうねるような響きが僕の頭蓋骨にわああんと響き渡った。


「うーん、確かに雰囲気あるな」


 畠中のこしらえたBGMは、お昼の教室にいるにもかかわらず古城に迷いこんだような不安感を僕にもたらした。


「おっ、キョショーにカントク、もしかして次回作の準備?」


 会話が途切れた瞬間、僕らの会話に飛び込んできたのはやはり同じクラスの江田琴美えだことみだった。


 江田は以前、僕が撮った十分ほどの短編作品でヒロインのメイクをやって貰ったいわば『外部クルー』だった。


「キョショー畠中が、新作音源ができたって言うんで聞かせてもらってたんだ。新作映画の目処は全然、立ってないよ」


「ふうん、そっかあ」


「特にヒロインが難航しててさ、かといって妥協はしたくないし……」


「あー、やっぱりそうなんだ。本当なら私が仲良くしてる『美少女グループ』の中から誰か紹介してあげたいところなんだけどちょっと最近、避けられてる感じなんだよね」


「避けられてる?」


 江田の言う『美少女グループ』とは江田が勝手に名付けている同学年の女の子たちで、要するにアイドルのオーディションを受けていたりSNSや動画でアイドルっぽい発信をしている子たちのことだ。


「うん。推しの子にSNSでコメントとかしても、反応がなかったするんだよね。鬱陶しがられたのかなって落ち込んだんだけど、そういうわけでもないみたい」


「忙しいんじゃないの?オーディションかなんかでさ」


 畠中が冷静に意見を述べると、江田は「だったらいいんだけど……」と口ごもった。


「グループの子同士は集まって遊んでるみたいなんだけど、それ以外のクラスメートとかとは全然、やり取りしなくなったって感じ。あー、やっぱり世界が違うってことなのかな」


江田が諦め顔でそうぼやくと、畠中が「そう言えば……」と何かを思いだしたようにぽつりと漏らした。


「うちの同好会でも姿を現さなくなった奴がいるな。木ノ内とか……」


「木ノ内?」


 僕は思わず声を上げていた。木ノ内は畠中と同じ『軽音楽同好会』に所属していて、僕が立ちあげた(今は活動を休止している)『映画研究会』の元メンバーでもある。


「うん。俺がやってるのはシンセサイザーのユニットだから誰かが抜けても困らないけど、木ノ内が入ってるロックバンドのメンバーは困ってるみたいだよ」


「同好会に出ないで、何をしてるのかな」


 僕はバンドに集中したいという理由で『映画研究会』を抜けた時の、木ノ内の表情を思い浮かべた。それほど入れ込んでいた同好会にあいつはなぜ、来なくなった?


「なんか最近、そういう話をよく聞くのよね。ずっとつるんでた子と急に、音信が途絶えちゃったとか。クラブとか仲良しグループとは違う、秘密のつきあいでもあるのかな」


「秘密の付き合い……」


 僕は秘密と言う言葉に、なんだかざわざわする物を感じた。今思えばそれは、時を置かずしてやってくるとんでもない波乱の足音でもあったのだ。


                   ※


「あれっ」


 僕はステージ上でどこかレトロなロックを演奏しているバンドメンバーを見て、思わず声を上げていた。


 ――木ノ内がいない?……これってあいつが入ってるバンドだよな?たしか。


 勝手に僕の映画から映像をコピーした木ノ内に文句を言ってやろうと軽音楽同好会の部室を訪れた僕は、木ノ内が参加しているはずのバンドを見て思わず口をあんぐりさせた。


 僕が驚いた理由は木ノ内がいないという点だけではなかった。初心者のようにぎこちない手つきで弦をはじいているベースは何と、元々バンド仲間ではない久保田だった。


 ギターとドラムは変わっていないが、ドラムの細根ほそねは髪型と演奏スタイルが以前とはがらりと変わっていた。前に見た時は前髪を垂らしていたが、今はオールバック風に撫でつけている。そして肝心のドラムも座って叩く物からなぜか立って叩く物へと変わっていた。


 ヴォーカルも確か隣のクラスの奴だったはずだが、今、マイクスタンドを握っているのはリーゼント風の頭をしたやはり同じクラスの竜崎りゅうざきという生徒だった。


 ――四人のうち二人、しかもヴォーカルまで違う……どういうことなんだ?


「おう、真咲じゃないか。こんなところで何してんだ。バンドに入りたいのか?」


 細根から声をかけられた僕は「いや、木ノ内に用があって……」とうやむやに返した。


「木ノ内?……あいつ、もう来ないかもしれないぜ」


「もう来ない?」


「見ての通りベースもヴォーカルもピンチヒッターで、正直困ってるんだよ」


 細根が目線を動かすと、リーゼントの竜崎が微妙な表情で僕の方を見た。


「二人とも来なくなっちまったからさ、仕方なくやってくれそうな奴に頼んだんだ。で、竜崎の提案で二人が戻って来るまで気晴らしにロカビリーバンドをやってるってわけさ」


 なるほど、と僕は思った。道理で古い感じがすると思ったら、これは竜崎の好きなスタイルなのか。


「……で、木ノ内は?」


「よくわからないけど、ヴォーカルの奴と家にこもってバンドと全然、違う音楽をやってるみたいなんだ。お母さんの話だと、夜もほとんど寝ないで曲を作ってるらしい」


 僕は「はあ」と間の抜けた声を漏らした。


 ――あいつが寝ないで曲作りとは、意外だな。


 そもそも木ノ内は音楽人間ではないし、バンドに参加したのも「モテそうだったから」と本人から聞いたことがある。


「足りないパートは埋め合わせられたんだけどさ、辞めるなら辞めるでちゃんと言って貰いたいよな」


 細根はそう言うと手にしたスティックをくるりと回した。


「そんなわけでさ、木ノ内に会うことがあったら言っておいてくれよ。辞めるにしてもけじめだけはつけとけってさ」


「ああ、わかった。言っておくよ」


 バンドのメンバーに別れを告げて廊下に出た僕は、あの何より睡眠時間を優先させる木ノ内がほとんど寝ないとは、と不思議な気持ちになっていた。


 ――僕も同好会があった頃は燃えていたのにな。


 急に手持ち無沙汰になった僕は、そのまま帰宅するのもなんだか癪で何となく校内をぶらつき始めた。誰ともつるまない僕は、いったん授業が終わったら宙ぶらりんの無所属なのだ。

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