アップデート・ワン
五速 梁
第1話 僕たちはもう僕たちじゃない
「入会希望だって?」
「ああ。やってやんだろう?映画同好会」
ツーブロックのてっぺんをトサカのように立てたその同級生は、期待に目を輝かせて僕に詰め寄った。
「やってるというか休業中というか……今のところ、会員は僕一人だから同好「会」とは言えないな。手伝ってくれるって言うなら断りはしないけど」
僕が正直に内情を伝えると、久保田というあまり話したこともない生徒は「いいよ、手伝わせてくれ。……で、次の奴はいつ撮るんだ?」とせっかちに尋ねた。
「あいにくと、まだ決めてないよ。主演女優の候補が見つからなくてさ」
「えっ……前に撮った奴の女の子じゃないのか?」
「あの子とはしばらく連絡を取ってないよ。他校の子だし、色々と忙しいらしい」
久保田は僕の返事を聞くなり目を丸くし、ため息をついて大げさに肩を落とした。
「なんだ、そうなのか……木ノ内のバンドが作ったMVにすごくかわいい女の子が出てたから聞いてみたら、女の子の部分はお前の映画から借用したって」
僕ははっとした。そうか、久保田を舞い上がらせたのは木ノ内か。あいつ、僕がコピーしてやったファイルの映像を無断借用したな。
謎が解けた途端、僕はかつて同好会の仲間だったクラスメートに心の中で悪態をついた。
「あーあ、同好会に入ればあの子と会えると思ったんだがなあ」
僕は単純すぎる久保田の動機に、思わずぷっと噴きだしそうになった。
久保田の言う女の子とは、僕が二月前に撮った十分ほどの映画『盗まれた少女』の主演女優、七森杏沙のことだった。
僕が一人で監督、撮影をした自主制作映画なのでストーリーらしき物はない。ただただ、杏沙を魅力的に見せるためだけの映画だった。
「そういうことなら悪いけど、入会は止めとくよ。……でもさ」
久保田は椅子から立ちあがると、ひょろりとした身体を折り曲げて僕の顔を覗きこんだ。
「あの子を撮ることになったら、真っ先に声をかけてくれ。何でも手伝うからさ」
普段は柄の悪そうな連中とつるんでいる久保田に神妙な顔で頼みこまれ、僕は苦笑しながら「わかった、その時は頼むよ」と保証のない約束を口にした。
久保田が僕の前から慌ただしく姿を消すと、僕は鞄からイヤホンと携帯を取り出してビデオファイルを開いた。
ファイルを再生すると、携帯の画面に物憂げな少女の顔が大写しになった。
――七森。
喫茶店の窓から外を眺める美少女を見ているうちに、僕の中で彼女と街のあちこちを駆け回った冒険の日々が甦り始めた。それは家族も知らない、僕たちの闘いの日々だった。
※
僕の名は
両親が公務員というちょっとばかり堅めの家に生まれ、優秀な兄と芸術家肌の妹に挟まれて育ったごく平凡な少年だ。
僕の趣味はビデオカメラで映画を撮る事。もちろん、将来の夢は映像クリエーターだ。
この春、僕が万を辞して立ち上げた映画同好会は、夏休みに入る直前にメンバーの相次ぐ脱退で活動停止を余儀なくされた。脱退した「僕以外」のメンバーはクラスメートの
特に片瀬はヒロインの筆頭候補だったので、辞めると打ち明けられた時は立ち直れないほど打ちのめされた記憶がある。
ところがそんな傷心の僕にある日、降ってわいたような出会いが訪れたのだ。
謎めいた美少女、
僕と杏沙はSF小説の世界でしか起こらないような大事件に巻き込まれ、しばしの間、行動を共にするようになった。それは、侵略者との壮絶な戦いでもあった。
結論から言うと侵略者たちの計画は失敗に終わり、僕らはまたそれぞれの日常を取り戻したのだが、僕にとっては命がけの冒険のご褒美とも言える「ラッキー」があった。
それは、杏沙をヒロインにしたショートムービーの制作だった。
冒険の最中から僕はこの子を主役にしたら絶対に凄い映画が取れるぞとひそかにキャスティングを目論んでいたのだが、ばたばたしていた間は無我夢中でそんな話を切りだすどころではなかったのだ。
だがいざ冒険が終わってみると、僕の脳内に焼き付けられていたのは過酷なサバイバルではなく、生き生きと駆けまわる杏沙の姿ばかりだった。
平和な日常が戻った後、僕は拝み倒して動く杏沙の姿を動画の中に収めた。実際に撮って見ると杏沙の神秘的なオーラは予想以上で、同学年のどの少女にもない個性的な輝きを放っていたのだ。
二週間で撮った二本の動画は、ごく限られた仲間内で予想以上の反響を巻き起こした。
かつての映画仲間である木ノ内にもう一度杏沙の姿を観たいと頼まれた僕は、「絶対によそにコピーするなよ」と釘を刺した上で杏沙のシーンだけを抜粋したファイルを渡した。
それがまさかこんなところにまでファン層が広がっているとは……杏沙とは一月ほど、なにやかにやとやり取りがあったが、父親である七森博士の研究をサポートしているとかで、五回に一回、素っ気ない返事が来ればまだいい方……という状態になっていた。
僕がこのところ頭を悩ませているのはもう一度、杏沙を主役に二十分以上の『作品』を撮れないものかと言う淡い野望だった。だが、もし完成した『作品』が僕の期待以上の作品になってしまった場合、今以上に凄い反響が押し寄せるのは間違いないだろう。下手に誰かがSNSに画像や動画を上げでもしたら……
僕は極めて自分勝手な理由で悩んでいた。もし多くの人が杏沙の魅力に気づいてしまったら、彼女は僕の『専属女優』ではなくなってしまう。誰かが杏沙にオファーするのは自由だし、杏沙がそのオファーを受けるのはもっと自由だ。
でも凄い作品を取ってみんなに認められたいという抑えがたい欲求があるのも事実で、そんなことを考えていたら僕は自分という小さな器の中にどこまでも沈んで行くのだった。
あれからひと月半、僕は今だに杏沙を起用した二作目の野望を捨てきれずにいる。
ところが、だ。
もともと学校の違う杏沙は待てと暮らせど僕に連絡を寄越さず、密かに交流を期待していた僕はあまりにすげない杏沙の態度に、二作目を撮ろうという気力が萎えてしまった――というわけなのだ。
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