死にたい?

死神王

本編

「死にたい。」

知らない内にそれが口癖になっていた。何か苦しい時、自然に唇が動いて、「死にたい」と空気をなぞるように呟く。そして、ふと我に返って、誰かに見られてないかと気にしたりするものだった。例えば、夜一人で眠れない時、じんわりと感じるだるさと共によく出るものだった。私は決して人生に退屈している訳ではなかった。確かに人生において楽しくない事や辛い事はあったけれども、総合して満足感は抱いていたし、実際問題、私は死ぬことは無かった。それでも、反射的に勝手に動く唇に私は違和感や学者めいた興味を抱いていた。確かに子供の頃は死にたいというような感情は持っていなかったし、一方で子供の頃の方が自分の融通が効かない事は腐るほどあり、苦しみは多かったはずなのだ。私は頭の中でずっとその事を考えて、毎日毛布に入る日々を続けていた。この問いに答えのような納得が得られたのは高校三年の冬、受験生の時だった。私は大学に落ちたのだった。私は優等生では無かったものの、受験生となった一年間は自分の人生の集大成のような気で全力を尽くし、ずっと望んでいた大学への進学を狙っていた。結果発表を見る前は不安と期待が入り交じっていた。ボタンを押した瞬間、無慈悲に淡々と書かれた「不合格」の文字を見た時、私にはショックや悲しみという感情はなかった。ひたすら、空白が私の胸に広がった。じんわりと私の胸に広がり、辛い時のような重みや苦味が消え、風の通った渓谷のような清々しい空白がそこにあった。その時、私の唇は何も動こうとしなかった。この時、私は今までの違和感の正体がわかった。つまり、私はずっと「死にたい」という言葉を、苦しみを自分に解釈させる為に使っていたのだ。死にたいというのはその解釈の媒体であって、私は死ぬ気なんかこれっぽっちもなかった。ただ、直面した苦しみに死にたさを混ぜると自分の中でそれが消化されて、生きる力になる。それだけの事だったのだ。しかし、自分の解釈の領域を超えた苦しみ(もはや絶望と言えるのかもしれない)に直面すると、そんな生ぬるい言葉は通用しなくなり、ただその苦しみが直接胸に突き刺さる。胸の空白感はこの苦しみが広げた生々しい傷なんだと、私は理解した。このぽっかりと空いた穴が本当の苦しみなんだと思った。

もし、そうじゃなかったとしたら、私は今屋上の淵立っていない。

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