第27話

 許せない事を言ったと言う川端の言葉に、泉美は少しうろたえる。

「わたしが?何を言ったの?」

 泉美が問いかける。


 川端は涙目で泉美を見つめながら、当時、泉美が言った言葉をそのまま真似るように言った。


 わたし、本当はT高に行くつもりだったのよ、1番の親友と一緒にね。事情があってこの学校に通うことになったのだけど、ここに来たから川端さんと知り合えたし、よかったわ


 泉美はその時の事を思い出し、目を閉じ、ああ…と小さな声を出した。それは、2年のクラス替えで、また川端と同じクラスになれたと分かった時に、嬉しくて言った言葉だった。


「泉美ちゃんは、この学校に憧れて必死でここに来た私に、本当はここに来たくなかったんだって、そう言ったのよ…それ聞いた時、私は、もう、どれだけ寂しい気持ちになったか、分かる?」

 ぐすんっ、と川端が鼻をすする。となりの彼氏がハンカチを出して渡した。そして、背中をさする。


「…ごめんね、川端さん。私の言葉であなたを傷つけた事、謝るわ。でも、貴方を傷つけるつもりで言ったわけではなかったのよ」

 泉美が言う。川端はキッときつい目で泉美を睨んだが、反対にブチに睨まれ、怯んだ。


「あのさぁ、それで?…あんた、何がしたかったの?」

 里奈が川端を見て呆れた顔で聞く。

「周りに泉美の悪口吹き込んだり、つきまとったり、男に襲わせたり?」

「それは!やってない!先輩が勝手に!」


 ビクンとしたのは、居心地悪そうに黙って座っていた、井上とか言う男だった。井上は目を泳がしながら、「それは、ごめんなさい…」と小さな声で言う。

 皆、井上の方を少し見たが、無視して、すぐに川端に視線を戻した。


「泉美が嫌いなくせに、なんでつきまとうのよ?」

 里奈が川端に聞く。今度は川端の目が泳いだ。

「…一緒にいたら、いい事があるかと思ったのよ」

「いい事?」

「お金持ちのお嬢さんだもの、友達として深く付き合えば私も泉美ちゃんと同じ景色が見れるんじゃないかと思った。泉美ちゃんの友達が私だけになったら、泉美ちゃんもっと私に優しくなって、この大きなおうちにも沢山呼んでくれて、一緒にお茶したり、夏休みは別荘に呼んでもらったり」


 川端はぐずぐずと泣きながら話す。川端の言葉に里奈は本気で腹が立ってきて、「殴りたくなってきたんだけど…」と呟く。


「とても恵まれているんだから、少しぐらい、いいじゃない!」

 川端は、泉美を見て言った。

「そんなに沢山、要らないでしょ?皆より沢山、色んなものを持ってるんだから、私にも、少しぐらいくれてもいいじゃないの!」


「あげられるものなんて何もないわ」

 泉美が悲しそうに言った。

「確かに、私は恵まれているのかもしれないけど、あなたが思っているほど、自分の自由になるものはないのよ。何一つ私の物ではないもの」

 泉美は川端を見ながら言う。少し辛そうな表情だ。


「私、今の今まで間違っていたわ。私はあなたと話し合えばわかり合って、1年の頃のあなたに戻ってくれると、そう考えていたの。…あなたの言う通り、結果的に他人をコントロールしようとしてたのね」

 そう言い、泉美は視線を下に向ける。

「それは、ひどい自惚れだったわ…」

 そして、顔を再び上げ川端を見つめた。


「他人の心を変えて、…考えを変えさせる事なんて出来ないのよね。変えられるのは自分だけだし、自由になるのは自分の心だけ。それが分かってなかったわ。だから、今からは私自身が私を動かし、私を変えるわ」


 話している泉美の体が小刻みに震えている事に、横に座っている康平が気付いた。康平はそっと泉美の腕に手を置く。

 泉美は康平の顔を見た。康平は応援のつもりで頷いて見せる。

 泉美はほんの少し微笑み、そしてしっかりした表情で川端を見た。


「川端さん、ごめんなさい。今後、私はあなたと一緒に過ごすことはしないわ。あなたとは…もう、お友達にはなれないから」

 泉美の言葉に、川端の顔色が青くなる。


「3年生になったらクラスも変わるだろうし、もう話す事もないと思う。でも…私は決してあなたが不幸になる事は望んでいないから安心してね」

 泉美は川端の目を見てそう言った。


 次に泉美は井上の方を向く。井上は怯えたような顔になる。

「井上先輩、私に興味を持ってくれてありがとうございます。でも、私はあなたと付き合う気も、友達になる気もありません、ごめんなさい」

 そう言い、頭を少し下げて、また上げる。


「もう二度と、私に関わらないでください。私は、あなたがブチに酷い事をした事は、今も許せません。だから、もしまた何かしてくるのであれば、今度はためらうことなく、学校にも、警察にも連絡します」


「も、もう、二度と君を困らせたりしません」

 井上は怯えた声で言う。

「ありがとう、先輩。大学受験、これからですよね。頑張ってください」

「あ、ああ。ありがとうございます」

 井上はどもりながらお礼を言った。


 里奈が川端を見た。そして言う。

「あんたは、泉美の言った事、わかったの?」


 川端は里奈を睨むように見る。

 それを見て里奈が睨み返し、続ける。

「今度、泉美に何かしたら、私が許さないから。私は泉美みたいに優しくないわよ。あんたの事、泉美のおじさんにも言いつけてやるからね」

 川端は何か言いたげではあるが、黙っていた。


 カシャという爪音を立て、ブチがテーブルに飛び乗った。あ、と泉美が小さな声を上げ、川端がビクンとなる。

 スタスタスタと、ブチは歩いて川端の方に行き、川端の前に置いているマロンケーキと紅茶の前に行く。

 川端は恐怖で震えながら横の彼氏の腕を掴んだ。


「ブチ、だめだよ、テーブルの上に乗っちゃだめだから、戻っておいで」

 秀樹が少し慌てたように言う。


 皆がブチを見つめる中、ブチは川端の方を見て、なぁーう、と鳴いた。川端は完全に怯えている。

 里奈が、ああと、声を出した。


「ブチも、2度と泉美に近寄るな、近寄ったら引っ掻くぞって…言ってるんじゃない?」

 里奈の言葉に、川端は彼氏の方にくっつき、震える。


 ブチは、くんくんとケーキの匂いを嗅いだかと思うと、パクリとケーキの上に乗っているマロンを咥えた。


 あ!っという間に、ブチは、ケーキに乗ってるマロンを食べ、ペロンペロンとクリームをなめ始める。


 目の前のケーキを食べられ、川端は抗議の声も上げられずに、恨めしさを含む恐怖の目で震えながらブチを見ている。


「……もう、……帰れっていう意味だな、これは」

 里奈がちょっと面白そうに、にやりとした顔で言う。


 ブチが里奈の方をみて、みやーおと鳴いた




「今日は、ありがとう」

 川端たちを返した後、泉美が3人と一匹に頭を下げて言う。

「僕らは何もしていないよ」と、康平が代表で優しく言った。

「泉美ちゃんが、自分でがんばったんだ。僕らはそれを見ていただけ」

「そうよ、ほんとによく頑張ったわ、偉いよ、泉美」

 康平と里奈にそう言われて泉美は嬉しそうに微笑む。

「3人の顔を見て勇気貰えたから。秀樹くんにも、とても励まされたわ」

 泉美がそう言うと、秀樹は照れた様な笑顔になる。

「もし、私が,学校でぼっちになったら、3人が毎日慰めて,遊んでね」

 泉美がそう言うと、3人が力強く「うん」と言った。













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