第26話

 川端があまりにもブチを怖がるので、康平はブチを膝の上にのせて、かるくブチの体に手を置いた体制でいた。ブチがうろうろしないように抑えていますよと,川端を安心させるためだ。


 泉美と里奈が、7人分のケーキ―と三人分のお茶をお盆で運んできた。

 テーブルが大きいので、それぞれお盆をテーブルに置き、分担して皆の前にカップとお皿を並べる。並べ終わった後、泉美が康平の横に座り、里奈が一人用のソファーに腰かけた。


「泉美ちゃん、なんで猫がいるの?私、猫、嫌いって知ってるよね?」

 川端はびくびくしながらそう言う。本当に怖いんだろう話し方も泉美の真似でなくなっている。


「え?そうなの?こんなに可愛いのにどうして?」

 そう言いながら泉美は、ブチを康平から奪って自分の膝に乗せる。

「い、泉美ちゃん!?」

「大丈夫よ、川端さん、ブチはおとなしいから」

 そう言い、にっこりと泉美は微笑んだ。


 康平は泉美の様子から、泉美が確信犯と悟る。

 秀樹と里奈も、昨日、泉美がブチを貸してくれと言った理由が分かって、吹き出しそうだった。


「泉美ちゃん、一体その人たちは誰よ?」

 川端は抗議するように泉美に聞く。猫からは目を離せないようで、ブチと泉美の顔を交互に見ている。

「私のお友達よ」

「どうして今日、ここにいるの?今日は私達と遊ぶ約束だったじゃん」

 川端の言葉に、泉美は少し緊張した面持ちになる。

 いつもなら、”ごめんなさい”と答えるところだ。


 泉美の心臓の音が少し大きくなった。だが泉美はそれを隠し、いつもと変わらぬ表情で川端を見る。

「私達と遊ぶ約束…というのは間違いだわ。私は川端さんだけで来てと言ったはずだわ」

 言い終わったとき、泉美の心臓は更に激しくなっていたが、言いたい事を伝えられ、少しホッとする。


 川端は想像してなかった反応に、気を高ぶらせた。

「どうしてそんな意地悪な事を言うの?私達いつも一緒に遊んでいるじゃない」

 川端の言葉に、泉美はまた、”そうね、ごめんなさい、でも二人の方が気楽だし”と、いつもなら返すはずの言葉が、まずは頭に浮かんだ。だが、泉美は緊張しながらもその言葉を抑え、別の返事を探した。


「意地悪なんて私はしないわ。川端さんこそ、どうして私と先輩を一緒にいさせようとするのかしら?」

 顔色を変えないように努力しているが、泉美の心臓はさらに激しくなり、とても緊張していた。


 みぅーと言う声に、泉美ははっとする。ブチが泉美の顔を見上げ、そして頭をこすりつけるようにすりすりとした。

 泉美が里奈の方を見ると里奈は泉美を見てよく言ったというような表情で頷いた。その後、横に目をやると、目が合った康平と秀樹も力強く頷いた。

 秀樹は力が入っているのか、膝の上で力一杯ギュッと両手の拳を握りしめている。それを見て、泉美の心が落ち着き、頬が緩んだ。


 間違ってはいない、そう心の中で呟きながら、泉美は深呼吸してブチを撫ぜる。

 泉美の心臓は落ち着き、緊張が和いだ。


「私は、泉美ちゃんを心配してるのよ、もう高校2年なのに、付き合ったことないなんて変じゃん」

 いつもと違った泉美の対応に少し言葉を失っていた川端だが、泉美の質問に応えて言った。


「それは…よけいなお世話だわ、川端さん」

 今度はこの言葉が自然に浮かび、間髪入れず泉美は口から発していた。

 秀樹と里奈は黙ったまま、うんうんと頷いている。


「心配してあげてるのに、そんな言い方!酷いじゃないの!」

 川端の怒鳴るような声が響いた。

 大きな声にイラついたのだろうか、ブチが横目で川端を睨むように見て、尻尾をバタンバタンと、2回大きく振り上げて落とす。川端がそれを見て怯えてビクンと身を引くような動きをする。


 泉美はなだめるようにブチの頭を撫ぜた。

 ブチが目を細め、泉美に頭を寄せてくる。


「大きな声を出さないで、ブチが怖がるわ」

 泉美が言う。康平、秀樹、里奈がバッとブチの方を見るが、怖がってる様子は…全くない。


「ねえ、川端さん、川端さんはどうして,わたしの行動をコントロールしようとするの?」

 泉美が落ち着いた声で言った。ブチを含めた全員が川端の答えを聞こうと川端の方を見る。


「それはっ!…泉美ちゃんの方でしょう!?」

 川端の言葉に、泉美が驚いた顔になる。

「私が?」


「そうよ!泉美ちゃんは、いっつもそう、自分が1番正しいって顔してるじゃ無いの!」

「そんなつもりは…」

 責めるような言葉に、泉美は、いつものように弱い返になってしまう。

「泉美ちゃんは、何でも1番で、何でも持ってて、いつもみんなの上に立とうとする!」

 川端の言葉に、泉美はショックを受けた顔になる。

「成績も1番、おうちもお金持ち、美人で人気者で、なんでも思い通りになるって思ってるでしよ?いつも私が物凄く勉強してるのに、泉美ちゃんより上にいけないでいること、バカにして見てるでしょ?」

「わたしは、そんなこと…」

「じゃあ、なに?いつも、私のことバカだと同情してる?私はね、私に彼氏ができた時、初めて勝ったって思ったの。だから、それをあなたに分かってもらって、悔しいと思って貰いたかったの」


「…バっカじゃないの?」


 声を発したのは里奈だった。

「ただのひがみじゃん…」


「あんたらに何がわかるのよ!」

 里奈の一言で川端の顔色が変わり、怒りを爆発させるように怒鳴り声を上げた。


「私はねえ、本当に必死で勉強して、この学校に入ったのよ!無茶苦茶憧れて、この学校を選んで入学したの!私にはかなりレベル高かったけど、すごく頑張ったの!だから、最初、泉美に会った時、あなたの事も、すごい子だなぁって憧を抱いたわ!入学試験はトップ!先生からも生徒からも人気があって…、そんな子が私と友達だって言ってくれて喜んでたわよ!それが何!理事の姪?なんだよそれ!全然公平じゃないじゃん!デキレースじゃん!ふざけんなよ!」


 興奮してるのか、川端の,目からは涙が出ている。

 川端のあまりの,興奮ぶりに、皆、呆然として彼女を見ていた。


 川端は泉美を見ながら、思いを全部吐き出す様に、力を込めて大声で言った。

「それに!それにね!泉美ちゃんは、私に、本当に許せない事を言ったのよ!!」


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