第25話
「泉美ちゃん!井上先輩が、泉美ちゃんに謝りたいって言っているわ。何かあったのかしら?」
学校の廊下を歩く泉美の腕を川端は後ろから掴んで腕を組み、ニコニコしながら言う。
「別に何もないわ、……あのね、川端さん、井上先輩の事なんだけど」
「また川端さんって呼ぶ!サツキって呼んでよ」
「…サツキちゃん、井上先輩の事だけど、もう」
「井上先輩、泉美ちゃんの事を本当に好きみたいよ、花束でもプレゼントしようかって言っていたわ!」
いつもの様に、川端は泉美の言葉をかき消すように言う。泉美が何を言いたいのか分かっていて、それを話題にはしたくないのだ。泉美は困った顔になる。
川端の話し方も、泉美には心地悪かった。出会ったころの川端はこんな話し方ではなかったが、だんだんと泉美の真似をするようになり、今では泉美にそっくりな話し方をするのだ。
「ねぇ、明日の土曜日、泉美ちゃんの家に行っていいかしら?」
「え?」
「ねぇ、いいでしょ?」
「週末は、いつも言っているけど、近所の猫のお世話をする予定があるのよ」
「え?また?」
川端は大げさなリアクションをする。
「そんな事言って、猫を理由に何度も断られたら、泉美ちゃん、私の事を嫌いなのかと思ってしまうわ。もしかして、私の事…迷惑と思っているのかしら?」
川端はわざと大きな声で、悲しそうに言う。泉美は困ったような表情になる。
「そんなことないわ」
「なら、私と一緒に遊ぴしょうよ!」
「・・・川端さんだけならいいわ」
「サツキ」
言い直され、泉美は困ったような表情のまま、微笑みをほんの少しだけ浮かべてみせる。
「サツキちゃんだけが来るならいいわ。男の人達は呼ばないで」
泉美がそう言うと、サツキは嬉しそうに微笑む。
「もう~、泉美ってば男嫌いなんだから!分かった、一人で伺うわね」
泉美は学校の帰り、公園をゆっくり歩いて、藤棚の所まで来て足を止めた。今日もブチはいない。寒い日は家から出ないと秀樹が言っていたので、当分は公園には来ないかもしれないと思い、ため息をつく。
ブチ…、ブチのおまじない、効かなくなったわ
泉美は心の中でつぶやく。
「あ!泉美いた!」
大きな澄んだ声が聞こえて、泉美は声の方を見た。
制服姿の里奈がこっちに向かって来る。
そしてすぐ後ろにブチを抱いた秀樹の姿が見えた。
「まったく、連絡ないから心配したわよ!」
「ごめんね、里奈、心配してわざわざ来てくれたのね。ちょっと疲れてたの。…でも、どうしてブチと秀樹君と一緒なの?」
「私たち仲良しなのよ、ね?秀樹君」
「うん」と、秀樹が明るい声をだす。
みうーという声を聞き、泉美の顔が明るくなった。
「ひさしぶりね、ブチ!」
そう言うと、泉美はブチを秀樹から奪う。
「ごめんね、今日は何も持っていないのよ」
そう言いながらブチを撫ぜると、ブチは気持ちよさそうにグルグル喉を鳴らす。
「で?どうなの泉美、その後の状況は?」
里奈が聞くと、泉美は驚いたように里奈を見る。
「大丈夫、秀樹君には話した。康平とかいうサラリーマンにもね」
「里奈!」
ちょっと抗議するような声を泉美があげたが、里奈は動じない。
「友達でしょう?私も、秀樹君も、康平さんも!みんな本気であんたの事、心配しているんだからね?」
うん、うんと秀樹が横で頷く。それを見て泉美はあきらめたようにため息をつく。
「分かっていの、私の問題だって。私、自分が悪者になりたくなくて、怖くて、中途半端な態度をとっているから」
「悪者になってもいいよ。私がいる。もし学校でぼっちになってもいいじゃない。泉美の方からみんなを無視してやればいいのよ!」
「里奈…」
泉美は里奈の顔を少し嬉しそうな表情で見つめる。
秀樹は、ちょっとモジモジと、言うかどうか悩んだ後、口を開いた。
「泉美ちゃん、おじいちゃんはいつも僕に言うんだ。辛いと思う時、怖くても、人と違ってると思っても、踏み出す足の角度を変えてみたらいいって。一歩外に足を踏み出せば、別の景色が見えて、学校での悩みなんて小さいものだと思えるようになるって。まあ、小学校と高校生では違うとは思うんだけど…」
恥ずかしそうに言う秀樹を泉美は見て、微笑む。
「…ありがとう、秀樹君」
そう言ってから、ぎゅっとブチを抱きしめ、それからまた秀樹を見た。
「ねえ、秀樹君、明日一日、ブチを貸してほしいのだけど、いいかしら?」
「え?」
土曜日、泉美の家に来た川端を玄関で迎えると、彼氏と井上がついて来ていた。川端は泉美の話などいつも聞いていない。今日も多分、彼氏と井上は連れて来るだろうと想像していたので、泉美はそれほど驚きはしなかった。
「ごめんねぇ、ふたりともどうしても来たいって聞かなくて」
「…かまわないわ。どうぞ」
泉美は、3人を中に入れる。
3人をリビングに案内して、泉美がソファーに座わるように言うと、3人はソファーに並んで座った。
「お茶を淹れるのでまってね」
そう言い、泉美はキッチンの方に行き、用意していたカップにコーヒーをそそぎ、運ぶ。
「うわぁ、ありがとう泉美ちゃん!」
嬉しそうに川端が言う。男二人は会釈してカップを受け取った。
「今日、ご家族は?」
キョロキョロしながら川端が聞く。
「奥にいるわ」そう言い、泉美は一人掛けのソファーに座る。
「あのさ、泉美ちゃん」声を出したのは井上だった。
「こないだは、悪かったよ、俺、焦ってしまって」
「井上先輩、あの時の事はもう、忘れましょう」
泉美がそう言うと、井上はホッとしたようだ。
泉美はコーヒに口を付けながら3人を見る。
3人は、窓の外に広がる庭に驚いている様子だ。
「広いお庭ね!とても綺麗で、すてきなお家だわ」
「そうかしら…まあ、おじい様の家だけどね」
泉美がカップを置きながらそう言う。
その時、ピンポーンとドアフォンの音が鳴った。
「ちょっと、ごめんなさい」
そう言うと、泉美はリビングを出ていく。
すぐに泉美はリビングに戻って来た。
だが、リビングに入ってきたのは泉美だけではなかった。泉美の後から、ブチを抱いた康平と、里奈と、そして秀樹が入って来た。
川端と井上がそれを見てビクンとする。
「康平君まで来るとは思わなかったわ」
泉美は少し嬉しそうに言う。
「ふたりから連絡をもらってね」
康平は微笑んで応えてから、川端たちの方をみる。
「やあ、こんにちわ」
康平が挨拶すると、井上の顔が青くなり下を向く。
「これ、ケーキ。康平さんが買ってくれたんだ」
秀樹は泉美にケーキを差し出すと、ありがとうと受け取り、泉美と里奈はキッチン部分に行く。
「あ、康平君、秀樹君、座っててね」
リビングを覗き込むように泉美が声をかける。
「あ、うん」
返事をして、康平と秀樹は空いているソファーに並んで座った。
ソファーに座った秀樹はブチを横に置こうとする。
「やめて!猫をはなさないで!」
突然、川端が叫ぶ。
康平と秀樹は驚いて川端の方を見た。
すると、川端は、半分を腰をあげ、怯えた顔でブチの方を見ていた。
「な、なんで猫がいるのよ!どうして猫なんか連れてくるの?」
どうやら川端は、猫が怖いようだった。
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