第24話

 泉美は、カラオケやライブハウスには何度か付き合ったが、バーやクラブには誘われても断っていた。


 ある日、夏休みの宿題をしようと川端に誘われ、泉美が川端の家に行くと、川端と川端の彼氏以外にもう一人、彼氏の友達だという男が来ていたらしい。そして川端は、泉美とその男をやたらとくっつけようとしたのだという。

 男の方は乗り気のようだが、泉美には全くその気はなく、泉美は逃げるようにその場を離れたと、里奈に話した。

 

 その話を聞いた里奈は怒って、川端とは友達付き合いを辞めるように言うが、泉美は「川端さんが心配だ」と、その言葉には従わなかった。


 泉美は川端さんをこのまま放ってはおけないし、逆に川端をこっちに引き戻そうと考えた。川端も落ち着けば、元のように真面目な学生に戻るだろうと楽観的に考えていたのだ。

 だが、彼らの行動はどんどんエスカーレートして、泉美はどんどん困った状況に追い込まれていった。


 2学期に入ると、川端は泉美を孤立させようと、クラスメイトに泉美は実は性格が悪いなどと、悪い噂を流す一方で、泉美には私は味方だなどと言い、自分の傍に置こうとするようになった。

 それはまるで泉美のストーカのような執着の仕方だった。


 里奈は言う。

「泉美は、男の事はあまり気にしてないみたい。でも、誰にも相談出来ないし、もめたくないと思ってるから、対応には困ってるけどね」

「正義感の強そうな泉美ちゃんらしくないよね、もめたくないとかって」

 康平は首を傾げながら聞いた。

「それは…学校の為、というか、おじ様のためね」

「え?」

「あの学校って、泉美のおじさんが経営してる学校なのよ。あの学校を共学に変えたのは、泉美のおじさんなの。理事に就任して最初にやった改革がそれで、世間では成功例だなんて言われてるし…だからまあ、こういうのは、ヤバい問題になるでしょう?」


 ああ、なるほど。だから、親にも何も言わないのか


 正義感の強そうな泉美が、警察にも届けない理由に、ようやく納得出来た康平だが、その内容は凡人の康平には、全く想像もつかない事だった。

 この話は亜弥さん達の耳にはいらないようにした方がよさそうだと康平は思い、さりげなく、秀樹の両親の様子を確認した。幸い話している声が彼らに聞こえている様子はない。

 

「私はそのおじさん、嫌いだけどね」

 里奈がしれっと言う。康平はまた不思議そうに首を傾げて里奈を見た。

「私と泉美は同じ公立高校に行こうって決めてたのに、それを邪魔したんだもん。成績の良い泉美を無理やり自分の学校に入学させたのよ」


 大人のエゴの為に、泉美ちゃんは色々と我慢しているのか


 康平は改めて泉美の置かれている状況を思い、泉美が可哀そうになる。


「男の事はともかく、問題は川端って子ね。泉美は優しいから、川端さんをきつく突き放すことが出来ないし、話を大きくもしたくないから」

 ため息をつきながら里奈が言う。

「その人は、泉美ちゃんのことが大好きなの?」

 そう言ったのは今まで黙って聞いていた秀樹だった。

「好きだったら、嫌がることしないんじゃない?」

 里奈は秀樹の方をみてそう言ってから、「でも」と少し考える。

「さっきも言ったけど、泉美が別の女の子と仲良くするのも嫌で、孤立させようと嘘をついたり、ちょっと度を越す執着よね」

「話を聞いていると、一番の問題は、その川端って子みたいだね」

 康平が言う。里奈は頷いた。

「でも、泉美の問題でもあるの。泉美は、相手が傷付きそうな言葉を発する事が出来ないから、相手も泉美の事を舐めてるのよ。とはいえ、明確に虐められているというわけでもないし、今の状況で泉美が川端さんを突き放しても、泉美が損をするだけだから悩ましいんだけどね」

 そこまで言い、里奈はふと横を向くといつの間にかブチが里奈の横に座っていた。里奈は驚いて、うわっと声を出す。

 ブチはそんな里奈の様子を見てか、不機嫌な様子で尻尾をぱたんぱたんと動かした。




 康平は里奈と共に秀樹の家を出たのは、4時をまわってからだった。

 里奈を駅まで送った後、康平は公園の中を歩いていたが、藤棚の近くまで来ると、じっと藤棚を見つめて立ち止まった。


 ああ、俺は,なんてバカなんだろうか

 思えば、泉美はいつもブチに会いに来ていた。

 

 ”ブチに会えば幸運をもらえる”

 何度も、彼女が言っていた事なのに

 なのに俺は、何で、気付いてやれなかったんだ――


 兆しもちゃんとあった。

 ブチも俺に教えてくれていた。


 ブチに刺身を買って持って行ったあの日、帰る途中で、ブチに会ったのは偶然なんかじゃなかった。

 ブチは泉美ちゃんを友達から離す為に俺の足を止めたんだろう。


 康平は泉美が友達の輪から飛び出し、自分の腕を掴んだ事を思い出す。


 あの時の泉美ちゃんの様子が違う事に、俺はちゃんと気付いていたのに何も聞かずにいた。


 泉美を襲おうとした男の事もそうだ。

 泉美は知り合いだと言っていた。


 ……なのに、どうして俺はもっとちゃんと話を聞き出さなかったんだ


 悔しさで、康平はイライラした気分になってくる。


 俺が辛かった時、泉美ちゃんは俺が欲しい言葉を沢山くれて、俺の心を動かしてくれた。それもきっと、自分が悩みを持っているから相手の気持ちが良く分かったんだろう。

 

 泉美ちゃんが言っていた言葉は、きっと自分に向けて言った言葉でもあったんだ


 "ブチはね、ちゃんと見てる子なの"

 "自分の力だけでは何とも出来ないような時には、ブチが何らかの形で手を出して助けてくれるの"

 "でもね、自分の力で何とかしないといけないような事はね、行動を起こす為の勇気をくれるのよ"


 "つまり!自分の力で解決できることは、自分でなんとか動いて道を開きなさいってこと。ブチはきっとそんな風に思ってて励ましてくれてるに違いない"


 泉美の声が、康平の頭の中で再現され、康平は改めて泉美の強さの様なものを感じた。


 今度は俺が泉美ちゃんを助けてやりたい。

 でも泉美ちゃんは賢く、自分の置かれている状況も良く分かっている。そして、それを自分で考えて何とかしようとしている。


 康平に新しい悩みが出来て、康平はため息をつく。


 俺みたいな男に、あんなに凄い女子高生を救えるんだろうか?








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