第23話
「まあ、よくいらしてくださいました。どうぞどうぞ」
結局、康平達は少女も一緒に秀樹の家にお邪魔することになった。
康平はかなり気が引けたが、秀樹も亜弥さんも全然気にしていないようだし、亜弥さんはどちらかと言うと嬉しそうだ。
「お菓子ありがとう、康平くん。食後に頂きましょう。さあさあ、お肉焼き始めてるから、手を洗って座ってね」
リビングに通されると、窓が大きく開けられていて、バルコニー部分で、秀樹の父と祖父が肉やら野菜を焼いている姿が見えた。
秀樹の祖母はキッチンで何やら作ってくれていて、亜弥さんはささっとテーブルに一人分のカトラリーやお皿を追加でセッティングしている。
康平は、手を洗ってからテーブルの方に行き、追加の食器を用意する亜弥に「勝手に人を連れてきてすみません」と声をかけた。亜弥は「人が多い方が楽しいわ」といつも通りの笑顔で返す。
本当におおらかな人だと康平は改めて思った。
「うわあ、おいしい!」
公園で会った少女はそう言い、口いっぱいに肉を頬張った。
遠慮の無い食いっぷりに、康平は苦笑いするが、山下家の人たちは秀樹も含め少女の食いっぷりに満足したような笑顔を見せている。
「よかったわー、沢山食べてね!……」
と、そう言ってから、亜弥は重要な事を思い出す。
「あら?お名前聞いていたかしら?」
そうだ、俺たちは彼女の名前すらまだ知らない。
その事を今更ながら思い出し、康平も少女を見た。
「おねえさん、高校生?」
秀樹が聞いた。少女は口の中に入れた肉を全部飲み込んでから、「ええ」と答え、水を飲み、口を開く。
「わたしは、高階里奈といいます」
「まあ、里奈さん、可愛いお名前ね」
亜弥さんが言う。少女は亜弥の様子に少し照れたような表情になった。
康平は自分も自己紹介しなければと、口を開く。
「あ―、里奈さん、僕は、山田康平です。で、彼はブチの飼い主の…」
「知ってます。山下秀樹くん、ですよね。友達から聞いています」
少女は、康平の言葉を遮るようにそう言った。
ブチはまだ彼女を警戒しているのか、離れたソファーでこちらにはお尻を向けて寝ている。
「えっと、里奈さん」康平は口元を拭い、姿勢を正して里奈の方を見る。
「君はブチに腹を立てているみたいだけど、それは何故?一体どういうことなんだろう?」
「それは…」と、里奈が話そうとした。
「だめよ、康平君」と亜弥がすぐにそれを止める。
「難しいお話は消化に悪いわ。食事の後にしましょうね。先ずは食事を楽しんでからよ!」
亜弥はにこにこしながらそう言った。
ふう、大満足、という表情で紅茶を一口飲んだ後、里奈はカップをソーサーに戻した。そして顔をあげ、康平を見る。
康平と秀樹と里奈は食事の後、3人だけでリビングのソファーに移され、亜弥さんが淹れてくれた紅茶を味わっていた。
亜弥さん達は後片付けで忙しくしているので少し気が引けるが、亜弥が「お客様は座って、お話しを楽しんでてくださいね」と言ってくれたので、それに甘えたのだ。
里奈はゆっくりと、落ち着いた口調で話を始めた。
「私の親友はその猫のことを信じていて、いつもその子に幸運をもらおうと貢物を持って会いに行っているのに、その猫ってば、全然私の親友を助けてくれないから、今日はその文句を言いに来たんです」
里奈は離れたところにいるブチの方を睨みながら言う。ブチ少し離れたところに置かれている一人掛けのソファーで狸寝入りしているようだ。悪口を言われていると分かっているのか、お尻を向けたまま顔も上げず、長い尻尾だけをパタンパタンと動かしていた。
「君の親友って?」
康平がそう訊くと、分からないのか?と言いたげに、里奈は力強い瞳で康平を見た。
「泉美よ、西村泉美」
やはりそうかと、康平と秀樹は驚く。
そしてふたりは顔を見合わせる。
「泉美ちゃん…が、君の言う、親友なんだね」
康平はもう一度確認する。
「そうよ、私の親友は西村泉美、泉美はね、いつかこのバカ猫が救ってくれると信じて、毎日のようにこの猫に貢いでるのよ」
里奈が容赦なくブチをバカ猫扱いする。ブチはやはり自分の悪口を言われているのが分かるようだ。耳がぴくぴく動き、尻尾をぶんぶん動かしていた。
康平も秀樹も考えた事が無かった。
あの明るくて、人の世話ばかり焼いている泉美に、実は悩みがあって、自分が救われたくてブチに会いに来ていたなんて。
「里奈さん、聞かせてくれないか?泉美ちゃんの事を」
「…泉美はね、高校の友達と微妙な関係になってって、ストーカに狙われているような状態にあるのよ」
そんな風に、里奈は話始めた。
里奈と泉美は幼なじみで仲が良かったが、別々の高校に進んだ。
しかし、今も変わらず毎日のように連絡を取りあっていた。
ふたりとも明るい性格だし、学校ではちゃんと新しい友人を作り、それなりに高校生活を楽しんでいた。
ところが、2年になった頃から、泉美の状況がおかしくなってきた。
それは、学校の中で泉美と一番仲の良い、川端という女子生徒に彼氏が出来た事が始まりだったという。
川端は、とてもまじめな生徒で、入学してからずっと泉美とトップ争いをしていた。お互い励まし合いながらも競い合うことを楽しんでいたふたりは、1年の1学期の終わりには仲良くなっていた。
だが、2年生になって、川端に彼氏ができた。川端の彼氏は3年の男子で、川端を毎日のように連れ遊ぶようになった。
そして、川端の成績は急に落ち始めた。
それだけなら、泉美には影響のない話しだ。しかし、何故かは分からないが、川端達は泉美も自分たちの遊び仲間に引き入れようとした。
カラオケや、ライブハウス、そして夏休みに入ると、バーやクラブにも、強引に泉美を誘い引っ張っていこうとするようになったのだ。
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