第22話

「康平君!」


 会社帰り、駅から出たところで康平は泉美に声をかけられた。康平が声の方を向くより先に、泉美が康平の腕を掴んだ。


「泉美ちゃん、え?今帰り?」

「うん、友達と遊んでいたのよ」

「もう7時半だよ、家の人、心配するだろう?」

「だから、康平君に送ってもらおうと思って!」

「ええ?」

 康平は思わず困ったような声を出す。

「迷惑かしら?」

「い、いや、そんなことは無いよ。心配なだけで」

「良かった!」

 そう言うと泉美は、康平の腕を引っ張るように歩き出す。


「警察には行ったの?」

「行ってないわ」

「どうして?」

「・・・多分誰かが襲われるとか、もうないと思うの」

「どうして?」


 あまり深く追求すべきではないかもしれないと思いつつも、康平は気になって質問を続けた。泉美は諦めたようにため息をつく。そして口を開いた。


「だって、前に告白されて、ふったひとだもの」

 泉美はフンって感じで言った。


「え?…ええ!?だったら尚更、また狙われるかもしれないじゃないか!」

「大丈夫よ、私も警戒しているもの。あやしい人が居たら、駅員さんや友達に言うし、こうやって知合いに送ってもらうわ」

「!…ってことは、今も近くにいたのか!?」

「あ、違うの、心配させてごめんなさい。今日はお礼が言いたくて待っていたのよ」

「え?」康平は驚いて声をあげる。

「だめだよ、危ないのに。待たなくていいから」

「でも、ブチも康平くんも、寒い間は公園で会えないと思ったから」

「何言ってるの、連絡先教えたじゃん。電話でもSNSでも連絡してくれれば、行くよ」

「え?電話していいの?」

「うん。仕事の時間じゃなかったらいいよ」

「やったわ!」泉美は本当に嬉しそうに声をあげた。

 康平は、可愛い女子高生に慕われていると感じ、少し気分が良くなりながら、ナイト気取りで泉美を家まで送った。




 その週の土曜日、康平は秀樹から招待を受けた。

 庭でバーベキューを焼くから来てくれと言うことなので、康平はケーキ買い、秀樹の家に行こうと公園を歩いていた。


 みゅー


 猫の声が聞こえたので、顔を上げると、秀樹とブチが歩いて来る。

「やあ、今からそっちに寄せてもらおうと来たんだ」

「うん。ブチが迎えに来たかったみたい」

 秀樹がそう言うと、ブチが康平の足に突進してくる。ブチは擦り寄っているつもりのようだが、突進してくるという表現の方が正しいだろうと、康平はいつも思う。

「危ないって、ブチ」

 みゅーと康平の顔を見上げ、歩くのを邪魔するようにブチは擦り寄る。


「抱いてほしいのか?寒いしな」

 そう言うと、康平はケーキの箱を下に置き、ジャンバーのチャックを開けて、ブチを抱き上げてジャンバーの中に入れてチャックをあげる。

 ブチはこの場所をとても気に入っているようで、気持ちよさそうに頭を康平の胸に摺り寄せた。

 下に置いたケーキの箱を秀樹が掴んで「これ僕が持つね」と言い、康平が、「ありがと」と返す。


 ふたりが歩きだすと、突然、ふたりの前に高校生ぐらいの女の子がひとり、立ちはだかるように立った。

康平と秀樹は、驚いて立ち止まる。


「その猫が、ブチ?」

 

 女子高生と思われるその子は、睨むように康平を…いや、ブチを見ている。

 

 彼女はジーンズに大きめのコートを着ていて、見た目はボーイッシュ。ショートヘアで気が強そうだ。


「ねえ、その猫が、ブチなの?」

 女の子が、もう一度聞いた。とても鋭い目を2人と1匹に向けている。


「そうだけど…」

 康平は少し警戒しながら応えた。この少女は怒っているように感じる。

「私、その猫に言いたいことがあるんだけど」


 うん…やはりこの子は何か怒っている

 康平は少女の言い方にとげがあるように感じた。

「言いたいことって何かな?」

 康平はブチを大事そうに胸の中に抱きながら、優しく訊く。少女は大きく息を吸った。


「あんたね、いつになったら私の親友を救ってくれるのよ!?」

 少女は康平に近づき、康平の胸の中に居るブチを見て怒鳴り始めた。

「毎日のように貢がせるだけ貢がせて、どういうつもり!?」

 少女の声は大きく、周りにいた人たちが、康平達の方を見る。


「あの子はあんたに尽せるだけ尽くしてるっていうのに、あんたは他の子の事ばかり気にして助けて、このままじゃあ、あの子が可哀そうだわ!」


 いや、まて、これは…

 康平は、周りの子連れの母親たちから、冷たい視線を感じ始める。

 

 ブチは少女の勢いに怯えたのか、康平のジャンバーの中に隠れて顔を出さない。周りから見ればこれは、どう見ても、康平が女の子に責められている図だ。

 随分非道な男だと勘違いされているかもしれない。


 女の子は、康平の心の中の事などお構いなしに怒鳴り続ける。

「あんた、ちょっとはあの子の事を気にかけてもいいんじゃないの!?どうして他の子ばっかりなのよ!あんた、詐欺師?あの子の事騙してるんじゃないの?」


「ちょっと待って、お嬢さん。ちょっと落ち着こう」

 康平は、苦笑いしながら女の子に向かって言う。

「何があったのか分からないけど、話を聞くから、ちょーっと場所を変えようか?」

 康平は周りを気にしながら、そう言った。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る