第21話
「ブチ!どうしたんだ!?」
康平は、突然走り出したブチに、ただならぬ雰囲気を感じ追いかけた。
ブチはすごいスピードで走って行った。康平は全く追いつけず、しばらく走って、康平は足を止め、息を切らしながら辺りをうかがう。
「はあ、はあ、どこに行ったんだ…ブチ!」
いつもと様子の違うブチに、康平は嫌な予感がして、ブチを探す。
ふぎゃ!
「きゃ!ぶち!」
突然、猫と女の叫び声が聞こえ、康平は反射的にその方向に走った。
「放して下さい!」
「なんで嫌がるんだよ!」
「放してっては!ブチ!ブチ!」
「おい!何している!」
康平は見えた人影に向かって叫んだ。男が嫌がる女の両腕を掴んでいるようだ。
よく見ると、女は泉美だった。康平の目には、泉美が若い男に襲われかけているように映り、急激に血圧が上がるような感覚になる。
「おい!こら!手を放せ!」
康平は叫びながら二人の方に走った。
男は康平が走って来るのを見て、泉美を放すと一目散に逃げた。
「おい!こら!まて!」
康平は少し男の方を追いかけるが、すぐに泉美の元に走って戻った。
康平が息を切らして泉美の元に戻ると、泉美はブチを抱いてブチに怪我がないか確認しながら叫ぶように声をかけていた。
「ブチ!大丈夫!?どこをぶつけたの!?」
「はあ、はあ…いず…みちゃ…だいじょ…ぶ?」
息を切らせながら、康平は泉美を見て声をかけた。
「康平君!ブチが投げられたの!ブチが!」
泉美は泣きそうな声で必死で康平に訴える。
ミューと、ブチが鳴いた。
康平もブチを見るが、特に問題はなさそうだ。康平はホッとするが、泉美は不安で仕方ない様子だ。
「どうしよう、ブチ、地面に叩きつけられたのよ!もし、頭を打ってたらどうしよう!」
泉美は、涙目で必死に康平に訴え続ける。
「落ち着いて、泉美ちゃん、ブチは大丈夫だから」
康平は泉美をベンチに座らせ、秀樹の家に電話をして、事情を話した。
亜弥さんは、ブチが普段お世話になっている獣医なら見てくれるからと、すぐに連絡を入れてくれた。そして、旦那さんの車で迎えに来てくれて、そのまま獣医まで一緒に連れて行ってくれた。
「うん、大丈夫、心配ないですよ」
獣医が画像を見てから、視線を泉美に移し、微笑んで言った。
「ほんとうに?」
「ええ、大丈夫」
獣医の言葉で、ようやく泉美はホッとし、ため息をつく。秀樹の母の亜弥が泉美の肩に手をやった。
「ブチは大丈夫よ、泉美ちゃん。それよりあなたの方は大丈夫なの?」
大体の説明をしていたので、亜弥は泉美の方を心配している。それは康平も同じだった。
「私は大丈夫です。すぐにブチと康平君が来てくれたもの」
「警察に届けた方がいいですよ」
獣医が言った。泉美はその言葉にちょっと不安そうに首を振った。
康平と泉美は、秀樹の父の車で家まで送ってもらう事になった。
泉美は車の中で、いつもの元気を取り戻していた。
「ぶち~、やっぱりあなたはヒーローね!助けてくれてありがとう!」
そう言って何度もブチにキスをしている。
「泉美ちゃん、遅くなる時は、お家の人に駅まで迎えに来てもらいなさい」
亜弥が助手席から言う。
「もう大丈夫、ちょっと油断しただけだから」
「何を言っているの、もし康平君が通り掛からなかったら…」
そこまで言い、亜弥さんはぶるっと震えたようだ。
「だめ!考えただけでもぞっとする!今日の事は西村さんに私の方から報告するわ!」
と、亜弥さんが言う。
「そんなに大げさにしなくても大丈夫よ、本当に…」
泉美が困ったような声を出した。当然、康平も亜弥の意見に大いに賛成だったので、泉美に味方すること無く、黙って二人のやり取りを聞いていた。
泉美の家に着いた後、ブチを車に乗せたまま、一旦全員が車を降りた。康平は「僕はここから歩いて帰ります」と言ったが、亜弥さんが泉美の家族に紹介するからと、帰らせてもらえず一緒に中に入ることになった。
亜弥さん夫婦は、ソファーに座ると早速、泉美の家族に、今夜の事を話した。
泉美の家と、秀樹の家は元々この辺りの自治会の役員同士で、普段から家族ぐるみで付き合いがあるらしく、信頼し合っている関係のようだ。
泉美が危険な目にあったという話をすると、泉美の両親に加え、祖父母までが話に加わり、この辺りの治安について考える会議をする必要がありますね、なんて事にまで話は及んでいる。
亜弥さんが康平の事を、”秀樹が普段からお世話になっているこの方が助けた”と紹介したので、康平は照れ臭くなる程、泉美の家族から感謝された。
警察に届けた方がいいと、亜弥さんたちが言うと、泉美の家族も同意して、明日、警察に行こうと言うが、泉美が届け出に反対する。
「警察に届けるなんて大げさだわ。学生みたいだったし、常習犯ではないと思うもの」
「何を言っているの、そんな事を言ってて、また誰か狙われたらどうするの?危ないでしょ?」
泉美の母が諭すように言う。泉美は、少しむくれた顔をして黙った。
康平はそんな泉美を見て、やはり親の前では子供っぽくなるんだなと、ちょっと微笑ましい気持ちになる。泉美の家族の様子から、家族が泉美を心から心配している事が康平に伝わり、仲の良さそうな家族だと康平は思った。
それほど時間を過ごすことなく、康平は亜弥さんたちと席を立った。
あらためてお礼をさせてください、などと何度も言われながら、康平達はその場を離れて、帰宅した。
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