第20話
12月に入った。
公園のベンチで過ごすのも辛くなる季節ではあるが、12月はブチに会いに来る人たちが増えるようだ。
今日も、寒いというのに、女子高生の集団がブチをかわるがわる抱いては写真を撮っていた。また、何人かの青年が、遠巻きにブチの写真を撮ったりもしている。
「もうすぐクリスマス…だからね」
秀樹が呟くように言った。暖かい缶ココアを飲みながら秀樹が言った言葉に納得し、康平は頷いた。
「そっか、なるほどね。告白のシーズンだ」
二人はブチの周りから人がはけるのを、少し離れたベンチに座って待っていた。
「最近、泉美ちゃん見ないね。忙しいのかな?」
「高校生には試験があるからね、康平さん」
「あ、そうか」と、康平はまた納得する。
しかし、それでもブチに会いに来る女子高生は結構いるぞと、ブチの方を見る。女子高生達は、きゃきゃと元気にブチと遊んでいる。
「康平さん、寒くない?」秀樹が聞く。
「寒いね」
「今日はまだマシな方だけど、これ以上寒くなると、ブチはあんまり外に出なくなるんだ」
「やっぱ,猫は寒さに弱いか〜」
康平が笑いながら言うと、「うん」と秀樹も笑顔で答える。
「あ、そうだ。北野さんがブチに猫タワーを作ってくれるそうだよ」
「え?ほんとに?」
康平の言葉を聞き、秀樹が嬉しそうに言う。
「うん、お礼にって。美由紀さんも手伝うんだって言ってた」
「あの二人、うまくいって良かったね。でも、あの意地悪してた保育士さんたち、結局、辞めさせられなかったのが意外だけど」
秀樹がちょっと不服そうなニュアンスを含みながら言う。康平は小学生にどう言うべきか少し考えながら、ゆっくりした口調で話し出す。
「まあ…そんなに簡単にクビにしたり出来ないよ、あの人達も公に信用無くしてしまって、自分達のやった事を後悔して反省もするだろうし、もう問題は起こさないだろう…」
「その人にも人生がある…」
秀樹が呟くように言った。
この言葉に康平はドクンとする。小学生の言葉か?と、驚いたのだ。
「って、よくパパとおじいちゃんがそんな話をしているから、なんとなくわかるよ僕にも」
「…そか、分かるか、秀樹君は凄いね」
康平はそう言いながら、この子は将来、親の跡を継いで経営者になり、会社を立派に守れる人になるのだろうなと、感じた。
みゃーお
ブチが二人の方に来て甘えた声を出した。ようやく女子高生たちがいなくなったようだ。
「お疲れ様、ブチ」
康平はそう言うと、ブチを抱き上げる。ブチは寒いらしく、康平のジャンバーの中に顔を突っ込んだ。
「中に入りたいのか?」
笑ながらそう言い、康平はブチを自分の服の中に入れた。ブチは上手に頭だけ出す。
「康平さん、中の服、セータでしょ?爪でかかれるよ?大丈夫?」
心配して、秀樹が言う。
「大丈夫だよ、安物だし。こうすると俺も暖かいし」
康平が笑顔でそう言うと、秀樹も笑ってブチの頭を撫ぜた。
「康平さん、うちに来る?寒いし、冬の間は家にブチに会いに来てよ」
「え?そんな悪いよ」
「大丈夫だよ、うちのママ、康平さんの事気に入ってるみたい」
「え?」
「なんか、すごく、良いひとっぽいって言ってた」
なんと返事すれば良いかわからず、康平は、ははと笑ってごまかした。
とりあえず、家に送るのを兼ねて、秀樹の家まで行く事に決め、二人はベンチから腰をあげた。
康平が秀樹の家にお邪魔すると、秀樹の母が歓迎してくれた。高級そうなソファーのあるリビングに案内され、香りの良いコーヒーと、沢山のお菓子を運んでくる。
「奥さん、気を使わないでくださいね」
康平がそう言うと、秀樹の母は微笑みながら言う。「私の名前、亜弥って言うのよ、ほほ」
一人暮らしなら食事もしていきなさい、と言われ、康平は断り切れずに晩御飯まで頂くことになった。
食事は当然ながら、秀樹の祖父と父親も同席したので、康平は二人から仕事の事など聞かれて、最初は物凄く緊張した。しかし、秀樹の家族はとてもフレンドリーで、話すうちに緊張がほぐれた。
それにしても、小学生の子供の友達として、俺みたいな年齢の男を受け入れるのだから、本当におおらかな家族だなと、康平は思った。
「すっかり長居してしまい、すみません」
「いえいえ、また来てくださいね、秀樹もブチも喜びますから」
康平は、玄関まで送ってくれた亜弥と秀樹に何度もお礼を言って、その場を離れた。
少し歩いたところで、みゃーという声が聞こえて下を見ると、ブチがついて来ている。
「なんだブチ、送ってくれるのか?」
みゅーと言いながら、ブチはゴンゴン康平の足元に絡みつく。
「おいおい、踏んでしまうよ、危ないって」
康平が笑いながらそう言うと、ブチは康平の少し前をとことこ歩いた。
道路を渡って、公園に入った。
ブチは何度も後ろを振り返って康平の顔を見ながら歩いている。
「ブチ、俺の家はあっちなんだ。送ってくれてありがとう、またな」
康平がそう言うと、ブチはもう一度康平の足元に来て絡みついてから離れる。挨拶をしたようだった。
「じゃあな」
そう言い、康平は猫のブチに手を振った。
と、突然、ブチの様子が変わる。
ブチはピンと耳を立て、尻尾も立てて、何かに警戒するように背を伸ばした。
耳がぴく、ぴくっと動き、何かを聞き取ろうと集中しているようだ。
「どうした?」
康平が声をかけると同時に、突然――
ダッと、飛び出すようにブチが走り出した。
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