第19話
時間は8時半になり、飾りつけや、椅子の準備等、イベントの準備は完了した。
一区切り終え、皆は休憩するために職員室に入った。
部外者ではあるが、康平達4人も一緒に職員室に行き、美由紀が用意した折り畳み椅子に座って一息つく。
皆が集まり、がやがやし始めた職員室の隅で、恭子達はにやにやしながら紙コップにインスタントコーヒの粉を入れ、ポットの熱湯を注いでいる。そして、恵にそれを持つように目で合図した。
恵は、え?という表情になり、嫌だと首を振るが、恭子が睨みをきかせ、無理やり5人分のカップが乗ったお盆を持たせた。
美由紀は、まだ小学生の秀樹を気にかけていた。「疲れたでしょう?秀樹君、大丈夫」と、優しく声をかける。秀樹は、「大丈夫、結構楽しんでます」と答えた。
その時、机に置いたキャリーバックの中のブチが、キャリーバックの入り口付近をがりがりと掻いた。
「あ、ブチ、起きたみたい。喉乾いているかも」
秀樹はキャリーバックのサイドポケットに入れたブチ用の小さな器と、水の入ったペットボトルを手に取り、器に水を注いだ。
一方、恭子の方は、お盆を持つ恵を従えて、康平達がかたまって座っている美由紀の席の方に向かう。
「開けてあげるねブチ」
そう言い、美由紀がキャリーバックのドア部分に手をやる。
恭子は美由紀の近くまで来て、楽しそうな笑顔で美由紀に声をかける。
「お疲れさまー、美由紀先生、コーヒ…」
ちょうどその時、美由紀がキャリーバックのドアを開けた、
途端――、ブチが飛び出し恭子の前を横切るように机から机に飛んだ。
「!!?ぎゃああああ!!?」
「きゃああああ!!??」
突然飛び出してきた生き物(猫)に驚き、恭子と恵は悲鳴をあげ、恵の方は持っていたお盆を上に投げるように手から放した。
「あ、あっつ!!!あつい!」
「あつ!!!あつ!、あつ!」
淹れたてのコーヒーが、恭子と恵の腕に全てぶちまかれ、ふたりは叫びながら手を振る。
美由紀は驚きながらも瞬時に立ち上げり、「大丈夫ですか??」と言いながら、恵の腕にペットボトルの水をかけた。
一瞬、あっけにとられて見ていた康平と泉美達だったが、泉美がばっと立ち上がって、ささっと周りを見回し、見つけたバケツを手に取ると、冷蔵庫に走りドアを開け、冷えたペットボトルの水をバケツに入れる。そして冷凍室から氷を取り出すと、氷をぶちまけて二人の所に走って持って行き、やけどした恵の手をバケツに突っ込んだ。そして恭子の腕もバケツの上にひっぱり、やけど部分に繰り返し水をかける。
よほど熱かったのか、恵はバケツの中で氷をあてながら泣いてた。
「なんでこんな所に猫がいるの!」
恭子はダメージが少ないのか、机の上に座っているブチを見て叫んだ。
「ご、ごめんなさい」怯えた声をあげたのは、秀樹だった。
「あんたの猫なの!?」
「僕が保護者だ、彼じゃない」康平が立ち上がり前にでる。
「どう責任とってくれるのよ!火傷の跡が残ったらどうしてくれるの!」
恭子は怒りに任せてどなりちらす。
あまりの騒がしさに園長が園長室から出てきた。
「一体なんですか?大きな声をだして!」
ここぞとばかりに恭子は園長に訴える。
「園長先生!みてください!火傷しました!美由紀先生の知り合いのせいです!」
「ええ?」
「恵先生を見てください!私より、沢山腕に熱湯をかけられています!」
恭子は、わざと熱湯をかけたと聞こえるような言い方をする。
「ほら!見てください、園長先生!」
そう言い、恭子は恵の腕をひっぱり園長に見せようとした、が、恵は力強く恭子の手を振り払った。そして大きな声で叫ぶ。
「もうっ…やめてください!もう、もう、嫌です私!こんなの嫌です!」
恵は泣きながら叫んだ。
「な、なんなの、急に」恭子が恵の勢いに少し怯む。
「これは全部、私のせいです!誰かのせいなんかじゃない!これはっ…罰が当たったんです!」
「な、なに言ってるのよ、あんた」
さすがに恭子も少し焦っているようだった。
「罰って、一体、どういうことなの?」
園長はもういい加減にしてほしいという感じで聞く。
「恭子先生が、私に、美由紀先生にコーヒをこぼしてかけろって!わたし、嫌だったのに、嫌だったのに、もう、こんな保育園、嫌です!保育園なのに、虐めとかって、もう、もう」
恵はわあっと泣き出した。
恵の言葉を聞き、これまでなんとか自分を抑えて大人しくしていた北野の顔色が変わる。
「このばばあ、ふざけやがって」
「わたしは知らないわよ!この子が勝手に思い込んでるんじゃないの?」
恭子はこの期におよんでもまだ人のせいにしようと必死だ。
みゃー
突然、ブチが鳴いたので、みんながブチの方をみた。
ブチは机の上で、クンクンと匂いを嗅いでいるようだった。そして、机の上から、引き出しを叩くような仕草をする。引き出しを開けてほしいのか、一度顔をあげると、康平達の方を見て、みーと可愛く鳴く。
この状況で、皆の意識がついていけてないのか、場に静寂が訪れ、皆がブチに注目した。
誰も開けてくれないので、ブチは机の上から何度か引き出しをたたくような仕草をして、器用に爪をひっかけ引き出しを少し引き出す。
「ちょっ!」恭子の顔色が変わる。どうやら、恭子の机のようだ。
ブチは少し引っ張り出した引き出しに鼻先を突っ込んで、大きく引き出しを開けると、引き出しの中に入り込み、そこにある袋を咥えた。ジャーキーの袋のようだ。
「何してるのよ!このバカ猫!」
恭子は慌てて自分の机の方に走るが、ブチはジャーキーの袋を咥えたまま引き出しの中から飛び跳ねる。
その時、机の中の物がいくつか蹴り出され、音を立てて床に落ちた。
「あ!」
保育士の一人が大きな声をあげた。皆がその保育士の方を見る。
保育士はぱっと、机の中から落ちたものを拾うと、みんなに見えるよう、上にあげて見せる。
!――カギだ!
「やっぱり、てめぇか!」
北野が怒鳴る。そして恭子の方に行こうと足を出した。
「やめて、北野君!」
美由紀が北野の腕を掴む。
「美由紀ちゃん、でもこいつ」
「大丈夫、もう、見て…」
恭子とその取り巻き二人の保育士を、その場にいる全員が睨んでいた。
恭子達は皆に睨まれ、言い訳もできずに怯えたように黙っている。
そこに、男性と女性の二人が入って来た。市役所の担当者だ。
「一体、何があったんですか?」
ただならぬ雰囲気に、市役所の担当者はきょとんとして尋ねた。
この後すぐ、康平たち4人は、帰る事にした。
目的のイベントの準備は終わったし、これ以上保育園に部外者が残っていても邪魔になるだけだ。後の事は関係者にまかせれば良い。
園児や保護者が来る前に帰ろうと、康平が皆を促した。
もちろん、帰る前にブチの咥えているジャーキーの袋は恭子に返した。
ブチは嫌そうだったが、後でもっと美味しいものを買ってあげると康平と泉美と秀樹の3人で説得すると、ブチはジャーキーの袋を口からはなして自分からキャリーケースの中に戻ってくれた。
帰りの車の中、北野を降ろした後、泉美が助手席に移った。
後ろで、秀樹が眠ってしまっているし、退屈だったのだろう。
泉美は窓の外の景色を見ていたが、
「最後には、みんな美由紀さんの味方になってくれた。きっかけを作ってくれたのはブチだけど、やっぱりみんなが悪い人じゃないのよね」
と、呟くやくように言う。
「そうだね」
康平は相槌を打つ。泉美は、康平の顔を覗き見た。康平は運転中なので気配は感じたが泉美の方は見れず、表情は分からない。
「人間はきっと捨てたものじゃない…私はまだ信じられるわ」
泉美は呟くようにそう言った。
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