第18話
ほぼ飾りつけが終わった7時45分頃、4人の保育士がかたまって、出勤してきた。康平たちは、場の雰囲気が微妙に変わった事を感じ、問題の保育士達が来たと察した。
リーダ格の保育士だろうか。中心にいる女性が、園の状況を見て驚いた表情をしている。どういうこと?と、その女性の横の保育士が小さな声で耳打ちするように言ったのが聞こえてきた。
「おはようございます」
美由紀が、緊張した顔で挨拶をした。他の保育士達も小さな声で口々に挨拶をする。
「…嫌だわぁ、みんな手伝うならそう言ってくれれば、私達も、もう少し早く来たのにー」
「ですよね,恭子先生。これじゃあ、まるで私たちが、サボったみたい」
リーダー格の恭子と呼ばれた保育士は、保育士達の中では一番年上のように見えるが、一番の美人でもあるように見えた。
康平は知らず知らずのうちに恭子の顔を見つめていたらしい、恭子が康平の視線に気が付いて康平の方を見る。そして、恭子は微笑んだ。
「あら、どなた?園児のババかしら?」
「いえ、部外者です」
反射的に康平は答えていた。
「ああ、業者さんね。朝早くからすみません」
愛想よく恭子は言う。事情が分かってなければ,良い人だと感じたかもしれない。
「我々は美由紀先生の友人です」
康平がそう言うと、恭子はえっ?と言う顔になるが、すぐに元の微笑んだ顔に戻った。
「あら、それは、お気の毒ね。美由紀先生ったら,部外者の人にお手伝いをお願いするなんで…困った人ね」
「園長先生とは既に話をしてますので」
康平がそう言うと、恭子は「そうですか」と言い、
「もう私たちが,手伝うことは無さそうね。職員室で準備するわね」
そう言うと、4人とも連れ立ってその場を去る。しかし4人全員が恭子のような人間ではなさそうだ。4人の中の大人しそうな保育士がひとり、申し訳なさそうな視線でこちらを見て、小さく会釈してから、足早に恭子について行った。
「どういうことよ!」
職員室に入った恭子達は、予想外のこの状況に腹を立てていた。
「まさか、飾りを全部作ってくるなんて!飾りつけも、みんなが手伝っていて、ほとんど終わってるじゃないの」
恭子は悔しそうに言う。
恭子はこの園では一番の古株で園長の次に年上だ。当然、そんな恭子に物申す者はなく、保育士達は普段から恭子に指示を仰ぎ、その指示に従って動いていた。だから、今回も恭子は他の保育士が自分の意に反して美由紀の事を手伝うことは無いと踏んでいたのだ。
彼女達が考えていた計画はこうだった。
時間的にひとりで飾りを全部作り切るのは無理だ。きっと半分ほどしか作れず、泣きながら園に出てくるに違いない。飾りつけだって、ひとりで出来るはずなかった。
しかし、本当にイベントを失敗させるわけにはいかない。だから、恭子たちは、10時ぎりぎりには飾り付けが終わるように計算し、他の保育士達には、8時前に園に来るように伝えた。
8時前に美由紀が泣きながら皆の前で謝罪するのを聞いた後、”鍵をもう一度探しましょう”と、皆を誘導して探すふりをし、美由紀の鞄か机から鍵が出てきたように上手く見せかける。そして鍵でロッカーを開け、保管している飾りを使って、急ぎ飾りつけを全員で行う。
きっと、短時間でバタバタに作業させられ、他の保育士も美由紀にイライラするだろうし、今回のイベントはどうしてこんなにバタバタしているのかと親御さんたちも不思議に思う事だろう。
そういう状況で、園児の親の誰かに軽く事の成り行きを耳打ちすれば、美由紀の評判は落ち、美由紀の言う事など誰も耳を貸さなくなる。そうすればもう偉そうな態度も取れなくなるはず…と、そういう計画だった。
なのに――
「どうして、みんな、手伝ってるわけ?ありえない」
計画が崩れてしまい、恭子は腹立ちながら言った。
がちゃ、という音が鳴り、園長室から園長が現れた。
「恭子先生、一体どう言うことなの」
園長がこんなに早く来ているのも、恭子には予想外だった。恭子の計画では、園長は9時をまわってから現れる予定だったのだ。
「園長先生、どうしてこんなに早く…」
引き攣った笑みで恭子が問う。
「市から視察にくる担当課長が、朝礼にも参加したいと言うから、準備のために早めに来たのよ、そんな事より、これは一体どういう状況なの?昨日までに準備は全て終わらせているはずだったでしょう?」
恭子は、心の中で面倒臭いなと舌打ちする。
園長は、ことなかれ主義だ。面倒を避けたいが為、恭子達のグループを庇う事もあるが、それが自分に不利になるような事となれば、責任を誰かになすりつけてでも逃げるタイプである。
今回の件も、事が何も起きてなければ何も言わないだろうが、部外者が手伝いに来ている姿を見れば,対応も違ってくるだろう。
「金曜日、園長先生が外出した後、問題が起きたんです。美由紀先生が、作り終えた飾りを保管しているロッカーの鍵を無くしてしまって…それで、彼女が自分の責任だから、自分が何とかすると言って…」
恭子は、自分達のせいにならないように嘘をつく。
しかし、園長には、嘘だとすぐに分かった。これまでの恭子と美由紀の関係を知っている園長には、恭子が何かを仕組んだのだろうと直感的に感じたのだ。
「それならそれで、全員で手伝うべきだったわね。そのせいで部外者まて入り込む事になって…まったく」
園長は,ため息をついた。
「私がいつも貴方達を庇うと思わないで頂戴ね。やりすぎないようにして頂戴」
園長はそう言うと、園長室に戻っていった。
ムカつく。恭子達は、一層腹を立てた。
「部外者に手伝って貰うなんて、想定外だわ!」
取り巻きの1人が言う。恭子の気持ちも全然おさまらない。
「また、熱いコーヒーでもかけてやりたい気分だわ」
取り巻きの1人の言葉に恭子が、ニヤッとする。
「そんな、涼子先生ってば、残酷ねぇ、私たちはただ、労をねぎらうためにコーヒを入れてあげるだけじゃないの、ねぇ?」
「ですね」と言い、涼子と呼ばれた保育士はニヤッとする。
「そうでしょ?恵先生」
恵と呼ばれた保育士は体をビクンとさせた。そしておどおどと「はい」と返事をした。恭子は彼女のそういう反応も楽しんでいるようだ。
その時、彼女たちは気付いていなかった。
職員室の美由紀の席には、キャリーボックスに入れられた猫、ブチがいる事に…
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