第17話
康平の車で美由紀のマンションまで行くのに、それほど時間はかからなかった。近くのパーキングに車を停めて美由紀の部屋に行く。あらかじめ北野が連絡していたので、美由紀の方の受け入れ態勢は万全だった。
美由紀は、想像していたより疲れた顔をしていた。顔色が悪いし、眠れていない事がすぐに分かる。
ブチは顔色の悪い美由紀の所に行き、ミューと愛想を振りまく。美由紀は傍に来たブチを嬉しそうに抱きしめ、温もりを感じようと頬をブチの頭にあてる。
「美由紀さん、少し休んでください。この人数がいれば余裕ですから」
康平がそう言うと、美由紀はブチを抱いた状態で涙目で微笑み「ありがとうございます」と言う。
「明日の飾りつけも手伝いますので、心配せずに休んでくださいね」
康平がそう言うと、「ありがとう、お茶をいれますね」と美由紀がブチをおろして立ち上がった。
「あ、私がやります!」ばっと、泉美が立ち上がって言う。
「勝手に触らせてもらいますので、寝てください!」
泉美はいつもの調子で力強く言った。こういう時、明るい泉美は頼りになると、康平は泉美を見て思った。泉美は、美由紀を無理やり、寝室のエリアに連れて行き、ベットに座らせ、ブチを呼ぶ。ブチは素直にやってきて、ぴょんとベッドに飛びあがり枕元に行くと、何度も何度も布団をふみふみしてから、ころんと寝転んでくつろぐ体制になる。その様子が可愛くて、美由紀の顔がほころんだ。
「さ、ブチと一緒に寝ててくださいね」
そう言い、泉美は部屋から出て、スライド式のドアを閉めて康平たちの場所に戻ってきた。
作るべき飾りはかなりの量だった。
泉美は、テイッシュを使った花をつくり、康平と北野と秀樹は折紙を切って、輪っかを作りつなげてチェーンを作る。これは意外に手間がかかる作業だった。
これをひとりに押し付けるなんてありえない、途中、何度も泉美がそう言いながら怒っていた。夕方、少しすっきりした顔で美由紀が起きてきた。そして、再び作業に参加する。
人海戦術が功を成して、案外早く、7時頃には作業が終わった。
明日は朝の5時半に保育園に行って飾りつけをすることにして、美由紀の部屋を出た。
康平が秀樹とブチを家の前まで送ると、秀樹の母親が出てきた。
康平は車を降り、遅くまで連れ出していたことを謝罪する。秀樹の母親は相変わらずふんわりとした笑顔で「いえいえ、こちらこそお世話をおかけして」と応える。
その後、康平は秀樹に、明日は大人だけで…と言おうとしたが、先に秀樹に先手を打たれた。秀樹はその場で母親に事情を説明して、明日、早朝から保育園に飾りつけの手伝いに行く許可を取ろうとしたのだ。
「まあ、それは大変ねぇ、でも、秀樹はお邪魔ではないですか?」
と、秀樹の母親が康平に言う。
その言葉に、「とんでもない、秀樹君には助けられてますよ」と、康平は反射的に答えてしまっていた。
秀樹が行くという事になったので、当然のように泉美とブチも明日一緒に行く事になった。
次の朝、泉美と秀樹とブチには駅まで出て来てもらい、駅で拾って車で美由紀のマンションまで行く。美由紀はよく眠れたようで、元気そうだ。
早朝なのでなるべく音を立てないように気を付けながら、4人は何度か往復し、段ボール箱を車に運んで出発した。
北野とは途中の駅で合流し、保育園に向かった。
保育園に着くと、すぐに美由紀が門を開け、建物の入り口を開け、中に入る。小さいけれど、園児が外で遊べる広場があり、建物も大きくはないが2階建ての立派な認可保育園だった。
ブチは園長の許可もないので、キャリーケースに入れたままで職員室の美由紀の机に置いておくことにして、早速、皆で飾りつけに着手する。
しばらくすると…うん、やはり世の中は捨てたものでもない。
ちゃんと保育士達が飾りつけを手伝うために出て来てくれた。
おかげで効率よく作業分担することが出来て、作業の進みは速かった。
7時過ぎ、8割方の準備が整ったぐらいに園長が出て来た。まずは、康平と北野で園長にブチのことを伝え、ブチが園に留まることを許可してもらえるように話をする。
「部外者の方が、どうして園内で飾りの作業を?」
と、園長は露骨に嫌な顔をした。美由紀から園長も助けてくれないと言う話を聞いていた北野が怒りに満ちた顔になるが、康平が目くばせし北野を抑えた。そして康平が前に出て園長と話す。
「”どうして”…ですか?それは私たちが聞きたいですね、園長先生」
康平は怒りの感情を殺し、微笑みながら言った。
「まさかとは思いますが、園長先生が今の状況を把握されていないなんて…そんな事はないですよね、園長先生?」
康平が園長の目を見て、柔らかい口調でそう言うと、園長は、怯んだ様子で目を泳がす。
「部外者が手伝わなければいけない事態になった事について、本当に園長先生が何もご存じなく、我々が手伝っている事に懸念があるのであれば、その事を然るべきところに打ち上げて、こんな事になっている原因を究明するよう依頼されるべきでしょうね。うん、そうするべきだな。どうぞ、遠慮なくそのようになさってください」
康平が笑顔で優しい口調でそう言うと、園長は焦ったのか、目を泳がせながら笑顔を作った。
「いえ、別にそんなつもりで言ったわけではありませんよ、手伝って頂いた事に感謝しているだけで…」
「ですよね、ぼくらが手伝ってなければ、きっとこのイベント大変なことになっていたでしょうしね」
康平が笑顔を崩さずそういうと、園長は顔をゆがめ「猫はキャリーボックスから出さずに、職員室に留めてください。園児の中にアレルギーがある子が居るかもしれませんから」と言い、そそくさと去って行った。
「さすがですね、山田さん」と、少し嬉しそうに親指を立てて見せながら、北野が言った。
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