第16話

 北野は緊張しているようだった。

 康平はともかく、女子高生と小学生にまで囲まれ、どうしたらよいかわからない様子だ。

「緊張しなくていいのよ、みんなブチの信奉者だし、悩み事があればブチと一緒に聞いてあげるわ」

 泉美が北野の横から顔を覗き込みように言う。

 それを見た康平は自分が初めて泉美と話した時のことを思い出し、なんともいえない笑みがこぼれた。そして、北野を助ける意味もあってブチを抱き上げて自分の膝から北野の膝に移した。北野が驚いて康平を見る。

「幸福を呼ぶ猫だから、福をもらって帰ればいいですよ。僕もいつも幸運をもらっています。」

「は、はい、ありがとうございます!」

 北野はそう言うと嬉しそうにブチの頭を撫ぜる。ブチも大人しくしているところを見ると、北野にも何かありそうだ。


 無理に聞き出すわけにもいかない。言いたくないのであれば、今はブチに癒されるだけでもいいと思う。

 康平はそんな風に考えながら、初対面の彼らについて簡単に紹介した。

 泉美と秀樹が丁寧によろしくと挨拶した後、泉美が北野に悩みは話せば楽になるなどと言い、泉美に促される形で北野がゆっくりと話し出した。

「本当は今日、二人で来る予定だったんですが、ちょっと急に彼女が来れなくなって、一人で来たんですけど、悩みがあるのは彼女の方なんです」

「ん?恋愛の悩みじゃないの?」

 康平は、思わず口を挟んでしまう。確か中学時代から友人として仲良くしている女性に恋愛感情を抱いているが、相手がそういう気持ちを受け入れてくれるのか不安で悩んでいると言っていたはず。

「まあ……、山田さんが言うように、最終的には彼女と恋人同士になりたいというのが俺の願いなんですが、その前に前提として、その……、好きな女の子が幸せでなきゃいけないっていうか……でも、今その好きな女の子が悩みを持っていて、それをなんとかしてやりたいっていうか……」

 どう言えばよいのか悩みながらなのだろう、言葉を探しながら言っているようで、少し語尾が曖昧な感じだった。しかし、そこまで言ってから北野は康平の顔を見て、そして力強く言った。

「まずは、彼女の悩みを解決したいんです。それを解決してあげないと、彼女の気持ちもすっきりしないだろうし、幸せになれないだろうから」

 へぇ……わりと

「お兄さん!男前ね!」

 康平より先に泉美が言った。

「で?彼女の悩みって何なの?」


 ぐいぐい来る泉美に北野は圧倒されているようだ。康平はかつての自分もやはりそうだったなと、また笑みがこぼれる。

 

 ――ん?でも…

 俺は最初は「」だったのに、彼には「」なのか?

 と、康平は変なとこにひっかかりを感じたが、とりあえずスルーすることにした。


「彼女、保育士になったばかりで、保育園に就職して……、夢だった仕事につけてすごく喜んで頑張っていたんだけど、最近落ち込んでいるみたいだったんで気になってどうしたのか聞いたんだ。そしたら、彼女の担当しているの子供の一人にがあって……」

 北野がそういった瞬間、全員が北野をパッと見た。

 虐待!?という言葉が全員の頭に浮かぶ。泉美が黙ってられずに声を上げた。

「虐待?虐待なの?お母さんかな?それともお父さんかしら!?」

「いや……」

 北野の歯切れが悪いので泉美がつめよる。

「何?どういう事?」

「美由紀ちゃんも最初は家で虐待されているのかもと思ったんだけど、全然違っていて、逆にお母さんからよくを作って帰ってくるんだけど。何故かって保育園の方に確認があったらしい」

「え?そうなの?」

「美由紀ちゃんが言うには、そのお母さんに院長先生が、『この子は落ち着きなく走り回っていて、よくぶつけたりこけたりするんですよ。気を付けているんですがすみません』って、そう言ったらしい」

 泉美、康平、秀樹は、ん?というような表情をしてすぐにどう反応してよいか分からなかった。それを確認してから北野が話を続ける。

「美由紀ちゃんも不思議に思ったらしい。その子は大人しい子で、走り回ったりすることもないし、怪我をするところは見たことがないって……」

「どういう事?」

 本当に不思議そうに泉美が問う。

「虐待してたのは……親とかじゃなくて、保育園の人間だったんだ」

「!?」

 泉美、康平、秀樹は絶句する。心なしか、ブチもそういう表情をしているように見えた。


 北野が言うには、北野の好きな女の子、美由紀は、そういう経緯があって注意深くその子を観察していて、保育園の先輩の数人が園児を虐待していることに気が付いたらしい。それで、子供好きで正義感の強い新人保育士の美由紀は子供を守ろうとして、子供を庇い、園長に直訴もした。

 その結果、今度は先輩保育士たちから彼女自身が酷い嫌がらせを受けるようになったらしい。つまり、彼女への虐めが始まったというのだ。


 虐めの内容は酷く、ちょっとした事で酷くれたり、聞こえるように悪口を言われるというような精神的な事だけでなく、熱いコーヒをこぼされたりと、肉体的な嫌がらせもあるらしい。


「やけどしたの?大丈夫だった?」

 本当に心配そうに、泉美が言う。

 女子高生には少し刺激が強かったのだろうか、顔色が悪い。

「園長先生は何もしてくれなかったのかしら?」

「うん、ベテランの保育士に辞められると困るし、逆に守ろうとしているって言ってた」

「酷い話だな。それは犯罪だと俺は思うぞ」

 康平がそう言うと、みんなが頷く。

「犯罪…」泉美がつぶやくように言う。

「そうだよね!」秀樹が言った。「人を傷つける事は犯罪だよ!」

 秀樹のその言葉に泉美も強くうなずく。

「ありがとう、みんな。美由紀ちゃんにも聞かせたいよ」

 北野は嬉しそうに言う。

「実は、今日、美由紀ちゃんが来れなくなったのも、虐めが原因なんだ。明日、園内でイベントがあるんだけど、その飾りをひとりで作らされているんだ」

「え?だれも手伝わないのか?」

 康平が驚いて聞く。

「最初はみんなで少しずつ作っていたらしい。で、出来上がったものを鍵付きのロッカーで保管してて、そのロッカーのカギを美由紀ちゃんが管理しいたんだけど、金曜の夕方に確認したらその鍵がなくなっていて、保管してた飾りを出せなくなって…それで、美由紀ちゃんの責任だからって、日曜のイベントに向けて、今日一日で1人でなんとかしろって、飾りを作らされているんだ、それに、金曜と土曜で飾りつけが出来なくなったのも美由紀ちゃんの責任だからって、イベントに間に合うよう明日の早朝に一人で飾りつけもしろって言われてるみたいなんだ」

 なんだそれは、とつぶやき、康平達の眉が自然と上がる。

「鍵、ほんとうに美由紀さんがなくしたのかな?違うんじゃない?」

 泉美がそう言った。ありえると、みなが思う。

「でも、証拠がないし、本人も、疲れていて自信がないって」

 悔しそうに北野が言う。

「ねえ、どうして、ここに来たの?」

 泉美が北野に向かって言う。

「今日は、一緒に手伝ってあげなきゃいけなかったんじゃないの?」

「あ」

 北野が初めて気づいたという顔で、声を上げた。そしてひどく後悔した顔になる。

「俺、そこまで気が回らなくて、とにかく早く、猫に合わなきゃって」

 北野がそう言うと、膝に座っていたブチがミューと鳴いて立ち上がり、両手を北野の肩に置いて、抱かれるような姿勢になった。

 それを見て、康平、泉美、秀樹が同時にひらめき、同時に「なるほど!」と小さく叫ぶ。北野の顔には?マークが出る。

「北野さん、君の行動は間違いじゃなかったってことだよ」

 そう言って、康平は立ち上がる。

「車を出すよ、とってくるから待ってて」

 康平はそう言うと、

「僕は、ブチのキャリーケースを持ってくる」

 と、秀樹が言い走り出そうとした。

「いや、車で家に寄るから、待ってて」

 そう言い、康平が走った。










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