第15話
土曜日の正午頃、公園に若い男がやってきた。
フードを深くかぶり、まるで顔を隠しているように見える。その男はきょろきょろと辺りを見回していて少し挙動不審だ。
若い男は藤棚の方に歩いていき、しばらくキョロキョロと誰かを探しているような仕草をしていたが、そのうち諦めたような顔でベンチに座った。
土曜日、康平は特に予定もないのでブチに会いに行くことにした。
スーパーで猫用のクッキーを買って公園に向かっていると、途中で足に何かがぶつかって驚いて足元を見るとブチだった。
ブチは、みやぁぁぁ~と甘えた声を出し、康平の足に体をぶつけるようにすりつけて来る。
「まったく、そんな勢いよく甘えに来なくても……、俺がふらついて踏んでしまったら、大怪我するぞ」
康平はそう言い、ブチを抱き上げた。ブチは嬉しそうに顔を康平の胸に押し当てるようにすりすりするので、とても可愛い。
ブチは随分と康平に慣れたようだった。
康平は猫を抱いたまま公園の中に入った。そしていつもの藤棚の下のベンチに向かう。
見慣れない若い男が、うつむき加減でベンチに座っているのが見えた。フードを深くかぶっているし顔は良く見えない。
康平は特に気にせずベンチまで行き、空いている場所にブチを抱いたまま座った。ブチは康平がクッキーを持っていると分かっているようで、康平の膝の上でくるくる回りながら康平に甘えて催促するように鳴く。
みぃぃー
猫の鳴き声を聴き、パーカーの男がはっとして、康平たちの方を見た。
ちょうど康平が紙袋から猫用のクッキーを出したところだった。
「ほらブチ、大好きなクッキーだ。どうぞ」
康平がクッキーを差し出すと、ブチがクッキーを食べ始める。美味しいからか、クッキーを嚙みながら、ふにふにと変な声を出している。
康平の頬が緩み、手は自然とブチの頭を撫ぜていた。康平も今ではブチが可愛くて、見ているだけで癒されている。
「山田さん!?」パーカーの男は立ち上がり、康平の方に近寄った。
急に声をかけられ、康平はビクンとして顔を上げる。ブチもピタッと動作を止めて警戒した。
「俺です、北野です!」そう言いながら男はフードを払うようにとる。
「あ!……ああ、石川さんのところの……」
そうか、北野さん。名前はよく覚えてなかったが、いつもお茶をいれてくれる人だと思い出す。
「はい!こないだの山田さんの話を聞いて、俺も猫に会いたいと思って……、その猫ですか?」
「うん、そう。ブチだ」
ブチは少し北野を警戒しているようだ。声が大きいし、動作も大きいからかもしれない。
「この猫が……幸福を呼ぶ猫かぁ……」
北野は少し感動したような様子でブチをみている。
――そういえば、会いたいとか言っていたな……本気だったのか。
康平はそんなことを思い出しながら「触ってみる?」と北野に言う。
「え?いいんですか!?」
「少し声を小さくして、ゆっくり優しく触ってみて」
康平がそう言うと、北野はそっとゆっくりとブチに手を伸ばし、こわごわ、優しく撫ぜ始める。
その様子に、康平はかつての自分の姿を思い出し思わず顔がほころんだ。ブチも落ち着いたようで、またクッキーを食べ始める。
「電車できたの?君の家、この辺りじゃないよね?」
「はい。電車です。妹からもブチの話は聞いたことがあったし、こないだの山田さんの話を聞いて、絶対に今日、この猫に会いに来ないといけないと思って…」
「恋愛の悩みだっけ?」
康平がそう言うと、北野は少し顔を赤くする。
「まあ、最終的にはそうなんですけど」
「最終的?」
「ええ…まあ」
北野は恥ずかしそうに返事をする。
そりゃあそうだ、誰だって自分の悩みを表に出すのは恥ずかしいし、言いにくい。康平はそう思い、北野の言葉を待つ。
「まあ、とりあえず座ったらどうかしら?」
聞こえたのは女の子の声だった。北野と康平が声の方を見る。
そこには泉美と、秀樹が立っていた。
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