第8話

 異変に気が付いた警官達の動きは速かった。

 それぞれが自分の取るべき行動を即座に判断し、動く。


 1人はいち早く応援を呼ぶ為に無線連絡をしながら、同時に窓ガラスを割る道具を取りに交番の中に走りだした。

 1人は車の前を塞ぐように立ちながら、「降りてきなさい!子供を車から降ろしなさい!」と叫び、もう1人は車にピッタリ着く感じで、運転席側の窓を叩く。

 そのあいだに最後の一人はパトカーに乗り込むと素早く動かし、車がすぐに発進するのが難くなる位置にパトカーを動かし、逃亡を塞ぐ。


「おい……!車を早く出せって!」

 後部座席の男が焦って叫びながら、秀樹の腕を掴んで持ち上げようとした。

 秀樹を盾にして逃げるためだったが、横にいた猫がその腕に素早く反応し、男の腕に飛びつき、がっしり両腕でつかんだ形で、噛みつき、引っ掻き、そして爪を思いっきり立てて蹴りを食らわす。


「うわあ!」男は悲鳴を上げ、たまらず秀樹から手を放す。

 男は猫を振り払うように腕を振るが、猫はがっちり腕にしがみついていて、後ろ足で猫の必殺技である”ねこキック”を連続で繰り出し続けていた。


「やめろ!」男は反対側の手で猫をひっぺがそうと猫の背中を掴み引っ張って投げる。そうやってなんとかひっぺがしたが、男の左腕からは、血が滴り落ちていた。


「この……クソ猫」

 男の怒りが頂点に達し、猫を捕まえようとした…その時、

 バリン!という音と共に、男が乗ってる方の窓ガラスが割られ、あっという間に男は外から伸びてきた腕に羽交い締めのような体制で掴まれ身動き出来ない状態になる。

 そしてすくに運転席の窓も壊された。

 運転先の男は観念したように、血だらけの両腕を小さくあげた。



 助けられ、秀樹に怪我がないことが確認されると、秀樹と猫は大きな警察署に連れていかれた。

 秀樹はそこで両親をまっている時、ブチか野良猫だと言うことを警官の1人から聞く。その警官はかつお節を持ってきていて、ブチに与えた。

「これが欲しかったんだよな」

 警官は、ブチの頭を撫ぜながら言った。

 ブチは嬉しそうに警官の手に頭を擦り付けるような仕草をしてから、かつお節を食べ始める。

「あの車、普段はかつお節を運んでる車らしいんだ。その匂いに釣られて車に乗り込んだんだと思うよ」

 若い警官が秀樹に優しい口調て説明する。この警官はあの交番にいた警察官の一人だった。

「まあ、でも……、ほんと、まるで君を守ろうとしているように見えたよね、お手柄としか言いようがない」

 若い警官は、優しい視線をブチに向けながらそう言った。

 かつお節を食べ、水を飲んだブチは満足そうに、顔を洗い始めた。その様子を秀樹はじっと見つめる。ブチは秀樹の視線に気づいたのか、急に動作を止めて秀樹の方を見た。

「ありがとう……」

 秀樹はそう言うと、猫の方に手を伸ばし、あごを撫ぜてやる。

「君は僕の命の恩人だ……」

 猫は気持ちよさそうに目を細める。

「家がないなら、僕と一緒に僕の家においでよ、一緒に来てくれる?」

 みゃーと、猫が返事をするように泣いた。

 そして、その猫は野良猫から飼い猫になり、ブチと名付けられたのだった。


  ◇◇◇


「迎えに来てくれた、おじいちゃんや、ママやパパにブチを飼いたいと言ったら、みんな、賛成してくれたんだ。僕の家族はみんな、今でも変わらずブチに感謝してる」

「そうなんだ、まあ、そうだろうね」

 康平は納得するように言う。そして、

「確かに……すごい猫だね」と、呟いた。


 ブチが本当に、秀樹を助ける目的て行動していたとは思わないが……

 それでも、この猫は何かを持ってるのかもしれないと、康平はそう思った。


「大人の人は……みんな、ラッキーだったからって言うんだけど、僕はブチがちゃんと僕を助けようと考えて動いてくれた結果だと思ってるんだ」

 まるで康平が何を考えているか見透かしたように秀樹が言った。

 康平は秀樹を見る。秀樹も康平を見て続ける。


「今だって……、おじさんの……えっと、山田……康平さんの膝に座ってるのには,意味があるんだよ。そうすることが、山田さんの為になると、ブチはそう思ってやってるに違いなんだ」


 秀樹にそう言われて、康平はブチを見下ろす。

 ブチは気持ち良さそうに寛いでいて、何かを考えているような顔では無かった。

 でも康平はブチを見ながら、”確かに、今日はかなり落ち込んでいて,誰かに癒してほしいと思っていた”と、なぜかそんな風に考えた。

 それで、「そうかもしれないね……」と、康平は呟くように言った。

 でしよ?と言うように、秀樹が微笑む。


「あれ!秀樹くん!それに、こないだのおじさん!」

 突然元気な声がして、2人と一匹は,顔を上げる。


「泉美ちゃん」秀樹が笑顔で応えた。

 今日の泉美は,制服ではなくフレアスカートと白のセータを着ていた。

「2人とも,いつの間にそんなに仲良くなったの?」

 そう言いながら泉美は康平の横に少しだけ隙間を開けて座る。

 そして持っている紙袋を椅子に置いた。


 途端、ブチがばっと立ち上がり、嬉しそうに泉美の方にトコトコッと寄る。

「みゃああぁー」

 ブチは泉美に向かって、これ以上ないほどに可愛い声を上げた。

「はいはい、ちょっとまってね、ぶち」

 泉美は、そう言うと袋から猫のおやつを取り出してブチに与える。


「いつもありがとう泉美ちゃん」

 秀樹がいう。

「いいのよ!お世話になってるのは,私の方だしね!」

 いつものように明るい声で泉美が言った。

「おじさん、今日も癒されに来たの?」

「まあね」

 康平がスッキリした気分で応える。

 ”そうだ,俺は癒されたかったんだ”と、認めてしまうと、なんだかスッキリした気持ちになった。


「泉美ちゃん、おじさんは失礼だよ、まだ若いお兄さんなんだから」

 と、秀樹が言う。

「あ、そうだったわ……、お兄さんかぁ……じゃあ、康平くんでいい?」

 泉美が,可愛らしい顔を向けて聞く。

 女子高生が,自分のことを康平くんとは……、なかなかいい気分だ。

「いいよ」

 康平は、すっかり気分が良くなって、笑顔で応えた。

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