第7話
毛布から飛び出した猫は、まるでスーパーマンのようにきれいな姿勢で、そのまま運転席に座る男の首の横辺りをすり抜け、体をくねって体制を変えると、上手にハンドルの真ん中を蹴るように足をつけた。
―― ブッ!
短くクラクションが鳴った。短いが、大きな音だった。
男たちが驚く間もなく、猫はハンドルにタッチダウンするように、上手に体を反転させ、運転席の男の顔を目がけて飛ぶ。
猫は瞬間に四本の足全てを男の顔に向けると爪を立てた。
「うわぁ!!」
猫は、男の頭に乗ろうとし、滑り落ちかけ、滑り落ちないように男の顔に爪をたてて引っ掻きながら頭の上に乗ろうとした。
運転席の男は驚いて悲鳴を上げながら、目をつぶり、猫を振り払おうと慌てて手を動かす。
握っていたハンドルがそのはずみでよこに切られ、車は傾きながら道路を外れる。運転席の男は反射的に危険を回避しょうとブレーキを踏んだ――
しかし車はすぐは止まらず、勢い余って、たまたまそこにあった交番の前の歩道に乗り上げた。
交番の前に立っていた若い警官が驚いて飛び退く。
幸い車は何とかどこにもぶつかることなく止まった。
運転席の男が何が起こったのかわからず、パニック状態の中、男に振り払われた猫はぴょんとハンドルに乗り、男の方を見て威嚇する。
「ふううううう!」
乱暴に振り払われた事で男を敵とみなしたのだろう。猫は毛を逆立てて怒っている。
猫の足はクラクションに乗っていて、ブ~~っとクラクションが鳴り続けていた。
「大丈夫ですか?!」
目の前で起きた事故に驚いた若い警官がすぐに駆け寄ってきた。大きな音を聞いて交番の中からも警官が3人、飛び出してきた。
運転席の男の顔は、猫に引っ掻かれて血が流れている。
その姿を見て更に驚いた警官がドアを開けようと車のドアに手をかけるが、当然ロックがかかっていて開かない。
「大丈夫です!大丈夫ですから!」
後部座席の男が慌てて叫ぶ。顔を警官に向けたまま腕だけ動かして慌てて毛布を秀樹にかけようとするが、焦ってちゃんとかけれない。
「ドアを開けて下さい!ドア、開かないんですか?」
警官の方は、後ろの男の言葉など聞こえないかのように、血だらけの運転手を心配しドアをなんとか開けようとドアを引っ張り続ける。
「大丈夫……ですから!」
運転席の男も痛みを我慢し、血だらけの顔で無理に笑顔を作って叫ぶように言う。
そして、なんとか猫をどけて運転を再開しようとハンドルの方に手を出した。が、瞬間に猫が思いっきり男の手を引っ掻き、男はまた慌てて手をひっこめた。
男は手からも血を流すはめになった。
クラクションは鳴りっぱなしだし、猫がハンドルに乗っかって背中を立てて運転手を威嚇してるというありえない光景に、外の警官は窓を叩いて「早く開けて、外に出て下さい!」「怪我は?大丈夫ですか?救急車よびますね!」と、思い思いに叫び、声をかける。
秀樹は、怯えながらも、今のチャンスになんとか警官に気付いて貰おうと、犯人の男たちが猫と警官に気を取られている間に必死で上半身を起こす。
しかし、後部座席の窓は暗く外から見えにくくなっている上に、まだ体の小さな秀樹は顔が座席の上に出る程度でなかなか見つけて貰えそうにない。
運転手の怪我を心配した警官のひとりが無線機を持って通話し始めたのを見て、後ろの席の男が慌てて「おい、車出せよ!」と叫んだ。
「無、無理だ」
猫と対峙しながら運転席の男が応える。
何度も猫に容赦なく引っ掻かれた男は、手をハンドルに置くことも出来ない。
狭い運転席に座った状態だと、猫の爪や牙を避けてうまく押さえつけることが出来ず、何度か手を出そうとしては威嚇されて手を引っ込めていた。
猫の方はと言うと……、パニック状態からようやく周りの状況に目をやれる状態になってきた感じだ。
猫にしてみたら、道を歩いていたら、目の前に快適そうで、ちょっといい匂いのする車を見つけたので、気になって乗り込んでみると、いい感じの毛布が、いい感じにクシャッと置かれているのを見つけ、喜んで上に乗って寝てくつろいていたら…
急に毛布ごと引っ張られて放り投げられた形になり、何が起きたか分からずパニック状態になって、身の危険を感じ、必死で身を守るための行動を取った……だけ、だと思うのだが、そんなことは誰も知る由もない。
そして、今は……
明らかに動物なんて可愛いとは微塵も感じることの無さそうな中年の男が目の前にいて、その男がさっきから自分に危害を加えようと、手を出してきている。
これは戦わなければやられる!
……と、身を守るために必死で応戦をしているだけなのだろう。
「いい加減にしろ、このクソ猫!」
痺れを切らせた後部座席の男が前に身を乗り出し、猫を捕まえようと動いた。
途端、猫はハンドルから飛ぶように助手席側のダッシュボードの上に移り、男が今度はそちら側に手を伸ばすと、また飛んで、助手席の背もたれの上を経由し、後部座席の上に乗った。
外の警官は、上手く交わす猫の姿を目で追いながら、早く捕まえられれば良いのにと祈るような気持ちで、この、猫と人間のやり取りを見ていた。
そして、猫が最後に行き着いた後部座席まで目で追った時、今までは存在に気付いていなかった男の子の姿が警官たちの目に映った。
あ?男の子がいたのか……――!!!!!!
警官達はすぐ、男の子の口と手がガムテープで拘束されているという尋常でない状況に気づいて一瞬絶句し、その後すぐに「おい!その子は?どうして……!」と、1人が叫びながら腰の警棒に手をやると、別の警官も反射的に同じように警棒に手をやり構える。
そして最初に秀樹に気が付いた警官が顔色を変えて凄んだ声で叫んだ。
「開けなさい!開けるんだ!」
警官の動きは非常に早かった。
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