第6話

 僕のおじいちゃんは、会社のえらい人なんだ。

 会長さんってみんなが呼んでいるえらい人。


 僕の知っている大人の人は、みんなおじいちゃんのことが大好きで、おじいちゃんのおかげで仕事がうまくできますって、いつもおじいちゃんはみんなから感謝されているんだよ。


 でも、そういうおじいちゃんのことを恨んでる人もいるんだ。

 その人たちがどうしておじいちゃんを恨むのか僕にはよく分からないけど…、そういう人はずっとおじいちゃんのお金を狙っていて、僕はそういう悪い人たちに誘拐されたんだよ。


 僕の家はあの道路の向こう側にあって、この公園は近いから、ここにはよく遊びに来るんだ。

 あの日も、誘拐されるなんて全然思ってなくて…、僕はいつも通りこの公園で友達と遊んで、いつも通り遊び終わってから、友達と別れて歩いて家に帰ったんだ。

 もちろん、まだ明るい時間だったよ。


 でも、帰る途中、あの角を曲がってすぐのところで、突然目の前に腕が現れたと思ったその瞬間に…

 その時のことは僕よく覚えて無いんだけど…、

 何が起きたかわからない間に、僕は知らない男の人に、体を持ち上げられていたんだ……


  ◇◇◇


「怪我したく無かったら暴れるな!」

 男は、秀樹を後ろから抱きかかえ、右手で口を押さえて言った。

 秀樹はあまりにも突然の事で、何が起きたか分からず頭が真っ白になり、体が固まったようになる。


「早く乗せろ!」

 すぐそばに黒のワゴン車が止まっていて、その車の運転席に座ってる男が窓から顔を出して叫んだ。

 その声で秀樹はハッとして、力いっぱい男の腕をつかんで離そうとし、体をくねらせた。男は秀樹を落としかけ、秀樹の足が地面に着く。


「こら!」男は焦りながら、抵抗する秀樹をなんとか引きずって車に近づける。

 男の方も焦っているのだろう,まだ小学校の低学年である秀樹の抵抗をうまくコントロールできずに手間取っている。

 後ろの座席のスライド式のドアが開けられていて、そこから秀樹を車に乗せようと必死に秀樹を引っ張って引きずっていた。


 そうやって男が手間取っている間に、お腹の辺りは白く背中は黒い若い日本猫が一匹、空いた後部座席のドアからするっと車に乗り込んだ。

 しかし、運転手も、秀樹を車に乗せようと必死になっている男もその事に全く気付いていない。


 運転席の男が辺りをせわしなく見回しながら「早くしろ」と何度も叫んで急かす中,秀樹を何とか車に押し込め、男がスライドドアを閉めるように引っ張ると、車はドアが完全に閉まるのを待たず走り出した。


「ったく、このくそがき、あばれやがって!」

 後部座席に乗った男はそう言いながら、秀樹から手を離した。

 その瞬間に秀樹は、ドアを開けようと手をかけるが、チャイルドロックがかかっててあかない。

「たすっ……」

 窓を叩いて声を上げようとした途端、また後ろから口をふさがれた。

 そして肩に手を回し、口をふさいだまま抱き寄せるようにして秀樹を座らせる。


「この場で殺してやろうか…!」

 男は怒りを込めた声で言う。


「おい、早く口を塞いでおけよ、その先に 交番があるから、はやく隠せ!」

 運転席の男がそう言いながら片手を助手席に伸ばしそしてガムテープを取り、後ろの男に渡す。


 男はガムテープで秀樹の口を塞ぎ、その後、秀樹の両手首もガムテープでぐるぐる巻きにする。

「大人しくしてろよ」

 男はそう言い、秀樹を座席の下に倒すように押し込んだ。


 秀樹は腕の自由を奪われ、体を支えられず座席の下に転がるように寝かされるかたちになった。


 秀樹は恐怖に怯えた目を男に向け涙をながす。男はそれを見て舌打ちした。

「お前の爺さんを怨むんだな、全部あいつのせいだからな」

 男はそう言うと秀樹の履いてる靴を軽く蹴る。

「ガキのくせにいい靴履いてるじゃねえか、その金、どこから来てるかお前知ってるのか?ん?」

 男は秀樹を睨みながら言う。

「俺たちの命を削ってむしり取った金だよ!分かってんのか?ええ?」

 男はまた秀樹の靴を蹴った。

 秀樹は恐怖で震え、ボロボロ涙を流した。

「おい!交番の前を通るから、早く隠せって!」

 運転席の男がイラついたように言う。


 後部座席の窓はスモークガラスになっていて外から見えにくくなっているが、前から見える可能性もあるので、誘拐した子供の上に毛布を掛けることになっていた。

 そのための毛布が3段目の座席に準備されていた。

 

 運転席の男の怒った声に、分かってるよ、と面倒臭そうに答えながら、男が3段目の座席に置いた毛布を取るため少し腰を上げ、後ろの座席に手を伸ばす。

 

 秀樹の方は、交番の前を通るという男の声を聞き祈るような気持ちになるが、何をどうする事も出来ない状況で、体全体からにじみ出るような嗚咽の声と、涙がさらに溢れ出てくる。


 男が後ろの座席にバサッ適当に置かれていた毛布を掴んだ。

 最初、軽く引っ張ろうとしたが、引っ張り寄せることが出来なかった。

 毛布は人間をくるりとくるめるよう、大きめの分厚い素材のものを選んだ。

 なので、引き寄せるときに毛布に重さを感じても、男はさほど気にも留めず、男は毛布を一気に引き寄せようと、力を入れて勢いをつけ、前の座席まで引っ張った。

 そのとき……


 ―― 猫が飛んだ


 座席の下に寝かすように倒されていた秀樹は、毛布の端から猫が現れ車の屋根ギリギリの所を飛ぶの見た。


 その猫は全身をキレイにピンと伸ばし、まるでスーパーマンのように飛んだ。


 

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