第4話
その小学1年生の女の子はこの辺りではちょっとばかり有名だった。
とても可愛いと評判で、ちょっとしたモデルを頼まれることもあり、街のイベントのポスターで中央で微笑んでいる愛らしい姿を見る事ができる。
しかし小学一年生のこの少女、自分の容姿が良いとか,悪いとか、まだ考えることはない。モデルをしている事も単なる大人の手伝いをしているという感覚だけでしかなかった。
親の教育が良いのか、自分がなにか特別であるなどとは全く考える事はなく、小学校のお友達にも優しく対等に付き合うので、人気者だった。
それ故に、この日もこの女の子は、公園で仲の良い友達たちと時間を忘れて遊んでいた。
警戒心がないので、夕焼けの時間になっても帰らず、あたりが暗くなってきてようやく小学生達はそれぞれ帰路についた。
女の子は、同じ方向に帰る子たちと共に公園を出て,そして、途中の道から1人になった。
ひとりになった女の子は、家までスキップして帰ろうと思い、スッキプしだした、その直後――
突然、後ろから口をふさがれ男に抱きかかえられた。
男はポスターで見たことのあるその子を公園で見かけてからずっと狙っていたらしい。女の子が公園を出てからも後をつけ、1人になるのを待っていた。
そして、1人になった瞬間に襲ったのだ。
男は、女の子を抱えて走り、家に三方を囲まれた空き地に入った。
そこはこれから建設を始める予定の空き地で、まだ草も刈られておらず、いくつかの資材だけが積み上げて置かれているだけの状態だった。
1メートル程の高さに積み上げた資材と、敷地前に置かれた立ち入り禁止のバリケードのせいで、道路側からは中が見えづらい。
小さな敷地なので、気にして見てれば人が居る事はすぐ分かるが、気にしてなければ見逃すだろう。
この時間,すでに辺りは暗くなっているし,更に分かりにくい状況になっていた。
男はそんな場所で隠すように女の子を地面に寝かせて抑えつける。
口を覆っていた手が離れても女の子は恐怖で声が上げられなかった。
その時――
ンン〜ン〜ナ~〜ア~ゴォ!!
突然、猫のとんでもなく大きな声が辺りに響いた。
ンナ~ア~ゴ!!、ンナ~ア~ゴ!!
あたり一面に響く大きな声に、男が驚き顔を上げ、女の子から視線を逸らす。キョロキョロと辺りを見回すが猫の姿は見えない。
猫達は鳴き止むことなく、更に激しく威嚇し合う。
ウゥウゥウー……シャァァァァ!
フウウウ!……フギギギギギーー!!!ギャアアアアアア!!!
恐怖を感じさせるほどの大きな鳴き声に、男が不安を感じ女の子の手を片方だけ離した。
その次の瞬間――
ウギャギャギャギャギャ!
という叫び声と共に、男の体に猫が思いっきりぶつかって逃げたかと思うと、今度は黒い塊が男の頭にゴンと落ちてきた。
そして、それとほぼ同時に男の顔に焼けるような痛みが走る。
フギギギギギーと叫びながら猫が後ろ足の爪を立て後ろ足で男の顔を思いっきり引っ掻いていた。
「うわあっ」
男は声を上げ、女の子を完全に離し、猫を払う。
ちょうどその時、うるさい猫を追い払おうと、ほうきをもって右隣の家から出てきた男性の姿が、女の子の目に映った。
「たすけて!たすけて!!」
その瞬間を逃さず、女の子は声を上げる。
女の子の悲鳴を聞き、空き地を確認した男性は状況をすぐに把握した。
「何している!」と言うが早いか走りより、男を女の子から引き放し、ほうきで男を叩き抑えつけた。
「おい!変質者だ~!西村さん!山川さん!出てきてくれ~!」
男の人が大声で叫ぶと、ちょうど猫の声で外を気にしていたこともあり、近所の家から男の人たちがすぐに出てきて駆けつけてくれた。
◇◇◇
「と……いう風に、変質者から女の子が救われたってわけなのよ」
泉美はうなずきながら言う。そして、ブチの頭を撫ぜながら
「この子は、男が取り押さえられている横で、うううってうなりながら、変態男をものすごく怖い目で睨んでいたらしいわ!」
と言い、
「ね?すごいでしょ?」
と、康平の同意を求めるように康平の方を見て言った。
「ああ……そうだね……大事に至らなくてよかったよ」
康平は心からそう思って言った。
「そうなの。その事件の後、事件のあったあたりの道には明るい街灯もついたし、いろいろ皆にとっても良かったのよ。」
そういうと、泉美はまたブチを見て撫ぜ始める。
「全部この子のおかげなの。きっと、いつもご飯をくれる優しい女の子をたすけたかったのよ!」
……いやぁ、それは違うんじゃないだろうか……
康平は泉美とブチを見ながら心の中で思う。
ブチは多分、他の雄猫と雌猫を取り合って喧嘩していただけなんじゃないかなぁ……
まあ、でも、確かに、この猫のおかげでその子は助かったんだし、みんながそれで幸せな気分を味わっているならまあ、いいことではある…よな。
そんな風に考えながら、康平の手が自然にブチのあごに伸びた。撫ぜてやると、ごろごろ言い始める。
こいつ、なかなか可愛いやつだな。
「言っておくけど、ブチのすごいのは他にも沢山あるのよ!」
康平の反応が薄いと思ったのか、泉美が叫ぶように言った。
「プロポーズを成功させたい人が、ここで彼女の膝にブチを乗せてプロポーズをしたら成功したとか!」
……それは、きっと別の場所でやっても成功しただろうなぁ……
「好きな人に告白する前に、ブチを撫ぜてから告白しに行ったらうまくいくいったとか」
……う~ん、それもブチの力ではないと思うぞ……
「テスト前にブチを抱っこしたら、赤点とらなかったとか」
……まあ……信じれば救われるってことなのかな
「そういう小さい話は数知れずあるし、誘拐された子供を救ったこともあるのよ。」
……――ん?誘拐?
「今は、その誘拐から救われた男の子の家で飼われているのよ、この子」
「ほんとに?」
「ええ!だから、と~っても大事にされているのよね~、ぶち~」
泉美はブチの顔をのぞき込んでブチに語りかけるように言った。
「で?おじさんは、なぜブチのところに?あ、ちがう、山田さん」
「いいけどね……おじさんでも」あきらめたように康平は言った。
◇◇◇
康平は家でシャワーを浴び終わって髪を拭いている時、夕方の事を思い出した。
女子高生と話すなんて何年ぶりだっただろう……若いエネルギーを貰った気がする。昼間のストレスが緩和され、最近の中では一番気分がよかった。
――もしかして、ブチの効果か?
なんて考えながら、思わず微笑む。
時間があるときに、またブチに会いに行こうと、康平はそう思った。
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