第3話


「私は16歳よ。高校二年生なの。名前は西村泉美よ」


 女子高生は、そう言いながら猫を抱いたままで康平の横に腰掛けた。そして腕にかけていたカバンを腕から外してベンチに置く。

 

 彼女の長い髪はしっかりと三つ編みにされているし、制服のブレザーもスカートも着崩されることなくきちっと着られていて、パッと見た印象はとても真面目そうな女子高生だ。

 彼女の着ている制服もわりと有名な私立の進学校の制服だった。


 たしか、つい最近までは女子校だったが、5年程前から男子の受け入れを始めるという事でかなり話題になった学校だ。

 共学になることでこれまでのお嬢様学校のイメージが下り,受験者が少なくなることを懸念されていたが、見事にイメージを下げる事なく共学に変わることができたと、ニュースでも取り上げられていた。


 共学に変えたのが少子化対策だったのか、今流行りのジェンダーギャップ解消の一環なのか……、康平には分からないが、変わらず裕福なお嬢様の通う学校というイメージが強く、康平も無意識に清いお嬢様という先入観をもって目の前の女子高生を見ていた。


……女子高生がそんな簡単に名前を言ってもいいのか? 

 そんな風に思いながらも、

 名乗られたら名乗り返さないといけない、相手はまだ子供だし、警戒し過ぎるのもおかしいだろう……

と、頭で瞬間的に考える。


「僕は山田康平……です。」

 変に間が開いた言い方になった。相手が可愛い女子高生だからか、思ったより緊張しているようだ。


「やまだ、こうへい?」

 泉美は、キョトンとする。

 ――なんだ?なんか変か?

 康平は、泉美の反応に、ちょっとドキマギする。

「なんか、どこかで聞いたことあるような名前ね。それ、本名?」

 泉美は、顔を傾けながら聞く。

 ――平凡な名前で悪かったな……

 康平は苦笑いしながら、「本名だよ」と答えた。


「おじさん……じゃなく、山田さん、山田さんもブチにラッキーを貰いに来たんでしょ?ブチのファン?」

「いや……まあ、噂は知っているけど」

 康平は曖昧に答える。正直に話すのも恥ずかしい。


 噂を知っている、という言葉に反応したのか、泉美がぱっと明るい笑顔になった。

「噂通りすごいのよ、ブチは!」

 そう言い,泉美はビザの上のブチを見て「ね、ブチ」と、愛おしそうに撫ぜる。


 この言い方……

 そうか、電車で話してた女子高生だ。その事に気が付いて、康平は苦笑する。

 なんとなく、ウワサは彼女がひとりで流しているのでは無いかと、訝しまれた。


 ブチは泉美にとても懐いているようで、泉美の膝の上で心地良さそうにしている。泉美がブチの喉元を撫ぜるとグルグルと喉を鳴らし、自分からも泉美の手に顔をすり寄せている。


 一体、この猫の何がそんなのすごいのだろうか?

 可愛さが半端なく,癒しの力が凄いとか……そう言う事だろうか?


 訝しみながらも、泉美とブチの様子を観察しながら康平は考える。


 でも、この猫が幸運を呼んでくるという話は会社の先輩も知ってた話だ。

 この子が1人で流せる噂でもなさそうだしなぁ……


 康平は、このぶさかわいいネコの何が他の猫と違うのか、とても興味が出てきた。幸い泉美というこの女子高生なら喜んで説明してくれそうだ。


「その猫……、ブチには何かそういう……人を幸せにするようなことが実際何かあったのかな?」

 康平は流れに逆らうことなく、出来るだけ自然に泉美に聞く。


「あったのよ!」

 泉美は自慢するように自信満々に大きな声で答えた。

 そして、ブチについて話し始める。

「まだブチが飼い猫ではなかった頃の話しなんだけどね……」


 公園に住み着いたブチにお弁当の残りやおやつをよくあげに来ていた小学生の女の子がいたの……

 その子はまだ小学1年生の女の子だったんだけど、地元のちょっとしたイベントのポスターのモデルとかを頼まれるような可愛い子で、この辺ではわりと有名な女の子だったのね。


 その事件のときはね、その子、この公園でお友達と遊んでいて、いつもより少し帰りが遅くなったらしいのよ。 

 で、お友達と別れて急いで家に帰る途中に、変質者に襲われちゃったの。


「え?」思わず康平が声をあげた。

「それって、大変じゃないか!」

 幸運の猫がどうのなんていう能天気な話しのレベルではないだろうと、康平は心配そうな顔を泉美に向けた。


「心配しないで、未遂で済んだから」

 驚くのはそこじゃないんだけど、という感じでさらっ泉水が言う。


「そう……なんだ、それはよかったけど……」

 康平は心からホッとするが、何か釈然としない感じがする。


 そんな康平に説明するように、「だからね……」と言いながら、泉美は今まで以上に優しい目でブチの方を見て,ブチの頭を撫ぜた。そして、

「それを助けたのが、この子なのよ」

 と言った。

 そのタイミングでブチが泉美を見上げて、なぁ~と鳴く。

 まるで自分の事を話しているのが分かっていて、それを誇っているようだ。


「助けたって……どうやって?」

 康平は今まで以上に信じられないという様子で聞く。


 一体、猫がどうやって助けるというんだ??

 犬ならまあ、もしかしたら、あるのかもしれないが……猫だぞ??

 と、心の中で思う。


 そんな康平に泉美は自慢するように話を続ける。


「助けられた子によると……空からこの子が降ってきたらしいわ」

「え?」

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