第2話
山田康平は疲れ切った顔で電車をおりた。
時間は午後3時すぎ、普段ならまだ仕事を続けている時間だったが、今日はもう切り上げて帰る事にした。
営業先を出た時に会社に電話して、上司に体調が悪いので帰りたいと伝えた。
上司は、帰ってゆっくり休むようにと,一応優しい声をかけてはくれたが、きっとそれはうわべだけで内心は良く思ってないはずだ。
新卒でこの仕事について4年目になるが、ずっと営業成績は良くないし、毎日の営業がつらくてつらくて仕事に限界を感じていることは、きっと上司も気付いているだろう。
康平は、とぼとぼと歩いて公園の入口付近まで来ていた。
この公園は、駅から寮に向かう道沿いにある。
通勤時間帯には、公園の中を歩いている人がけっこういるが、康平は引っ越して来て間もない頃に何度か利用したぐらいで普段は道沿いの歩道を歩くようにしていた。
公園の中を歩く人達の歩みは康平からすると遅く感じる。ゆつくり散歩する様に歩く人達の間を早足で追い抜いて歩くのはなんとなく嫌だ。
その点、道路の歩道は広く整備されていて歩きやすいし、そちらを歩いてる人達は、公園を歩く人たちに比べると歩みが早い。
なので、康平にとっては公園の中を通るより歩道の方が歩きやすく、いつも迷う事なく歩道を選んでいた。
しかし今日は、公園の入り口付近で康平は歩みを止め、そして、道路側の歩道と、公園の中の小道を交互に眺めてみる。
通勤時間帯とは違い、道路に車は一台も通っていなかった。歩道を歩く人の姿もなく、静かで閑静な住宅街の雰囲気が強く出ている。
又,公園の方もすいていて、公園の中の小道を歩いている人はほとんどいないようだった。
康平はため息をつき、そして公園の小道の方に足を向けた。
康平はゆっくりと公園の小道を歩く。
道路側には子どもが飛び出さない様に柵が設けられている。そして、小道の両側に等間隔で木が植えられているので、小道は道路側からも、公園の広場側からも程よく隔ててくれている。
公園の広場の方では、小学生ぐらいの子供が遊んでいたり、小さな子供を連れた母と子が何組か集まっていたりしているのが見えてはいるが,木々で隔てられている為、小道側からは気にならなかった。
しばらく歩いて公園の中程まで来た時、広場側に藤棚用の屋根が見えた。
この季節、花はなく緑の葉と枝だけだが、枝がそれなりに日差しを遮ってくれていてベンチには日陰が出来ていた。
そういえば……康平はふと,女子高生たちの会話を思い出した。
幸運の猫のブチは公園の藤棚の下のベンチがお気に入りなの。そこにいけばブチに会えるわ!
たしかそんな事を言っていた。
「見るだけでも幸せになれるけど、触れればもっと、確実に願いが叶うそうよ!写真を撮ってスマホの待ち受けにするだけでもお守りになるって誰かが言ってたわ!」
そんな女子高生の言葉を思い出しながら、康平は普段なら絶対に素通りする藤棚のベンチの方に体を向け、小道のにそって植えられている木々の下ををくぐって、藤棚の方に歩き出す。
あ……
康平の目に、黒っぽいものの姿が入ってきた。
もしかして、あれか?
そう思いながら近づくと、黒と白の日本猫の姿がハッキリと見えてくる。
康平は周りを気にしながら日本猫が座っているベンチにそっと近付いた。
康平が近づいても、猫は知らん顔で目も開けずじっと寝ている。
幸いにもこの辺りに人は居ない。
康平はそっと、猫から少し距離をおいてベンチに座ってみた。
猫は特に気にしてないようで、動かなかった。
康平は周りを気にしながらも猫を観察する。
なんのことはない、ちょっと大きくて態度のデカそうな普通の日本猫だ。
―― 触ればもっと確実に願いが叶う ――
女子高生の声が康平の頭の中に浮かんだ。
康平はそっと尻を浮かせて猫との距離を詰めてみる。すると、猫が気配を感じたのか目を開けた。
「さ、触らせてもらえるかな」
猫を相手に康平は妙に緊張していた。
幸運を呼ぶ猫なんて、そんな事あるわけない……と、そんな風に思う一方で、
本当に幸運の猫ならすがりたい……
と言う気持ちもあった。
猫は少しだけ康平の方を見て、そしてまたすぐに目をつぶった。
随分落ち着いた猫だなぁ、さすが幸運のネコ……
そう思いながらそ〜っと、ゆ〜っくりと康平は猫に手を伸ばす。
「ブチーーー♡!」
突然、女の子の叫び声が聞こえた。
そしてその瞬間に……、あと少しで康平の手が猫に届くと言うところだったのに……猫は少女の腕の中に奪われていた。
奪ったのはブレザー姿の女子高生だ。
女子高生は猫を抱きしめ、自分の頬を猫の胴体の毛に当ててすりすりしている。
やわらかくて、きもちいいんだろうか?
康平は伸ばした手をしまうことも忘れて女子高生と猫をみつめた。
「今日もなんて可愛いの、ブチってば!」
女子高生は、片手を猫の頭の方に持っていき、愛おしそうに撫ぜている。
「……」
康平が圧倒されたまま見つめていると、女子高生がようやく康平に気が付いたようだ。
猫を抱いたまま、康平の方を見た。
康平は、女子高生の視線を受け、ハッとして出したままになっていた手を引き戻した。
「……おじさん、ブチに触ろうとしてたの?」
おじさん??
いきなりおじさんと言われ、康平はなんとなくモヤっとした気分になる。
俺はまだ26だぞ、もうすぐ27だけど……今までおじさんなんて呼ばれた事ない!
康平は、こころの中で抗議するが、女子高生は康平の心情などお構いなしで話しかけてくる。
「遠慮しなくていいんだよ!この子は優しいから!」
そう言って女子高生は、猫を差し出すように康平の方に向けた。
「あ、り、がと……」
突然、予想外に猫を差し出してきたので、すぐどう反応して良いかわからず、咄嗟に口に出たのがお礼の言葉だった。
格好悪くどもってしまった……。
康平は、そう恥ずかしく思いながらも手を伸ばし、猫の頭を撫ぜてみる。
猫の毛はやわらかく、ふんわりとしていた。
触り心地がとてもよく、康平の手に猫の温もりが移る。猫も撫ぜられて気持ち良かったのか、気持ちよさそうに目をつぶってくれた。
「可愛いね、この子、ブチっていう名前なんだ」
「ええ、そうよ。おじさんもブチにラッキーを貰いに来たんでしょ?」
また、おじさん――かよ。
無理やり笑顔を作りながら康平は猫から手を離す。
「お嬢さん、僕はまだ、二十代半ばなんだけど……」
康平がそういうと女子高生は微笑んで、
「へえ、私は16歳よ。高校二年生なの。名前は西村泉美よ」
と、言った。
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