その猫、幸運を呼ぶ…らしい

あきこ

第1話

 ある街の閑静な住宅街にそれほど大きくない公園がある。


 その公園は、駅の小さなロータリーがある広場から1、2分歩いた所にあり、住宅街を通り抜ける道路に沿うように長方形に造られている為、朝と夕方の通勤通学時間帯は駅までの行き帰りに公園の中を通る人が少なくない。


 道路と公園を挟み、公園側に広がる街並みと道路側に広がる街並みは異なっていて、公園から眺めるとその違いがよく分かる。


 道路側のエリアに広がるのは、昔からの高級住宅街で、塀に囲まれた広い邸宅が立ち並んでいる。

 そちら側を向いて風景を眺めると、人の気配をあまり感じない静かで落ち着いたモダンな景色を楽しめる。


 一方、公園から道路と反対側に向かって目をやると、塀のないお洒落な一戸建てが何件も綺麗に揃って立ち並んでいる風景や、高級感のある綺麗なマンションなどが建っている明るい街並みが見える。

 こちらのエリアもそれなりに高級住宅街と呼べる人気の地域で、街並みの雰囲気だけをとればこちらの方がお洒落で良いと感じる人が多いかもしれない。


 この公園、駅近で、治安の良い閑静な住宅街にあるということと、長方形であるという特徴はあるが、それ以外は至って普通の公園で、特に注目されるような公園には見えない。


 しかし、この公園にはある噂があって、その噂のお陰でこの辺りでは知名度が高かった。

 

── 駅近くにあるあの公園には幸運の猫が居て、運良くその猫に出会えれば幸運が舞い降りてくる──


 「運良く出会えれば」なんていうフレーズで噂されているが、ちゃんと実際に存在する猫なので、公園に行けば結構な確率で出会えるらしいし、SNSなんかでもしっかり実物の写真があげられている。


 その猫は、ごく普通の黒と白の日本猫で、性別は雄、名前はブチと言い、この街ではちょっとした人気者だ。


 現在、彼は一応飼い猫ではあるのだが、自由気ままに外出し、好きな場所で好きなだけのんびりと過ごしているようだ。


 彼は人間が大好きなようで、いろんな人から褒められ、撫ぜてもらえる今のこの生活をとても気に入っているようだった。


 彼の体は大きく、鼻に小さな引っ掻きキズがあり、そのせいかぱっと見は強くて怖そうに見える。

 しかし、その強面の顔からは想像できないほど優しい性格のようで、小さな子供が触りに来ても、怒ることもなく大人しく触らせてくれる。

 又、鳥やネズミを追いかける姿を見ることもなかった。


 そして、彼は大きな体に似合わず、甘える時にはまるで子猫のように可愛い声を出した。


 人に甘える時、彼はみーっと鳴きながら大きな体を寄せてきて頭をすりすりと摺り寄せてくる。


 体が大きいからか、摺り寄せてくる時にけっこう勢いがあり、頭をごつんごつんとぶつけてくるようにすりすりしてくる。

 その様子が不器用に思えて、たまらなく可愛く感じられる。


 彼はごつんごつんと何度かすりすりした後、顔を上げ、猫独特のつぶらな瞳で見つめながら更に可愛く……、もうこれ以上ないぐらいの可愛い声で、みゅーうーと鳴くのだ。


 これでもう、大概の人はメロメロになり、彼の信者となってしまう。


 そんな彼の事を、ぶさかわいい――と、女の子たちは可愛がり、膝にのせて写真を撮ったり、撮った写真をSNSにあげたりするようで、SNSに幸運の猫の実物の写真があがっているのだ。


 公園の常連の子供たちや親たちも、彼を見ると声をかけたり撫ぜたりして挨拶するのが普通の日常の光景だし、時には遠巻きにスマホを彼に向ける人や、こっそり彼に向かって手を合わせる人も居るようだった。


 なぜ彼が、これ程までに街の人達から愛されるようになったか?

 それは……


 彼が数々の人を救ってきた、

 「人を幸せにする幸運の猫」だから、

 である。


 恋愛運を上げたい女子高生たちから、金運を上げたいと願うサラリーマンまで、理由は人それぞれで様々ではあるが、少しでも彼の恩恵にあずかれる可能性があるのなら――と、彼に会い来る人が後を絶たないのだった。


  ◇◇◇


 だってね、本当にブチはすごいのよ!

 マジで、人を助けるんだから!

 だから、すごく人気者なのよ!可愛いしね!


 疲れ切っていた山田康平は電車の中で目をつぶりながら女子高生の甲高い声を聞くともなく聞いていた。

 女子高生のなんとも言えないパワーを感じ、まだ26才だと言うのにスーツ姿の自分が随分と年をとっているような気分になる。


 幸い会社員の帰宅時間にはまだ早い時間帯なので、電車が空いていて座席に座ることが出来た。

 康平は少しでも疲れを取ろうと目を閉じ、そして微睡んだ。しかし、意識は周りに向いていて、本当に眠れることはない。

 

 途中で電車に乗ってきた女子高生の集団が、康平の座る座席の近くで「幸運の猫」の話をし始めたので、目を閉じている康平の耳に自然と声が入ってきた。


 実は康平も幸運の猫の話は知っていた。

会社の寮として使われているマンションが、噂の公園の近くにあり、康平がその寮に引っ越してくる時に世話をしてくれた会社の担当者がそんな猫がいるらしいと教えてくれていた。


その時はただの都市伝説のようなものだと思ってただ笑って聞いていただけだった。

 

 でも――

本当に幸運をくれるなら会ってみたいものだ

 今のこの状態をなんとかしてくれるのなら……


 最近、眠れない夜が続いている康平は女子高生の声を聞きながらそんな事を考えていた。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る