5話 初恋こそが俺の最大の過ちである

 

 俺にはずっと大好きだった幼なじみが居た。


 家が隣同士で両親共に仲がいい、ありふれた関係。


 彼女の名前は瑠璃春。


 春、なんて穏やかな名前だが、実際は上から目線で謎のお姉さん気取りな女の子だった。


 勉強も運動も何もかもが上である春のことを、俺は必死に追いかけていた。 


 2人で遊んではケンカして、仲直りして、またバカみたいに笑って。


 幼なじみ最難関の壁である思春期ですらも、何事もないように過ごした。


 それくらい春が隣にいることは俺にとって当たり前だった。


「はぁ、アンタって本当にバカね〜、どうしてこんな簡単な問題もできないのよ?」

「う、うっせーし!別に、今回は本気じゃないだけだ!本気出したらお前なんかよりもずっと上だし!」

「はいはい。それ、前回もその前も言ってたよねー。負け惜しみ、ゴチでーす」

「っく、くそが……因数分解が出てくれば俺だって……」

「中2の期末テストで出てくるわけないじゃない……」


 春は指先をおでこに当てて、呆れたようなため息を吐いた。


 もう一度不出来な解答用紙を見るが、すぐに目を逸らしたくなりぎゅっと握りつぶした。


 別に、悔しいとかそういうのじゃない、でも、一度だけでもいいから春に勝ちたかった。


 お姉さんぶってるこの幼なじみを超えてみたかったのだ。


 だって、だってさ、少しはこっち向いて欲しいじゃん。


 いつも高みを見てる春を振り向かせたいじゃん。


 君に笑われる男よりも俺は、君を笑顔にできる男になりたいのだから。


 そのためにはさ、こんなちっぽけなテストでくらい、春に勝ちたかったんだよ。


 目の奥が少しだけツンとして、丸めた答案用紙を慌てて地面に落とした。


「まーでも、さ、私は知ってるよ?」


 答案用紙へと伸ばしていた手を止め、春の方を見た。


「アンタが結構頑張ってたの、アタシは、アタシだけはちゃんと見てたから」

「っ、ばっか、何がだよ。勉強なんて真面目にするわけがないだろ。万年ビリッケツの幸生さんだぞ?俺は」

「そんなの言われなくてもわかってるっての。アンタがバカだってことは。でも、知ってんのよ。徹夜で勉強してたこと。テスト前日なんて机で寝落ちしてたじゃない」

「……なんで知ってんだよ……」

「決まってんでしょ、幼なじみ、だからよ」


 んだよ、なら尚更カッコ悪いじゃんか……


「だから、特別に、特別よ?幼なじみであるこのアタシが特別に勉強、教えてあげるわ」


 いきなりの出来事に感情が大渋滞な俺は、ただただ春を見つめてた。


 春とばっちり目が合うと、恥ずかしいのかプイッと顔を逸らす。


「早く返事しなさいよ……ばか」


 僅かに揺れる髪の間から、薄ピンク色の髪よりも赤くなった耳が覗く。


 ……こんなの、断るバカがいるかよ……


 目の前に落ちてる丸まった解答用紙を蹴飛ばして、俺は春に向かって手を伸ばした。


「じゃ、よろしく頼もうかな……」

「ふん。わかればいいのよ。アンタを支えられるのはアタシくらいなんだから」


 春は差し出した手をチラッと見ると、もう一度思いっきり顔を背けて一人で歩き出した。


 照れ隠しなのか、いつもよりも大袈裟に揺れる桜色を、見失う前に追いかける。


 今思えば、この頃の俺は本当に愚かだった。


 彼女こそが、春こそが自分の幸せそのものだと本気でそう思っていたのだから。


 そんな俺らが恋仲になるのは、そう遠くなかった。


 だが現実は物語のようには甘くなくて。


 俺たちが幼なじみ以下の関係へと成り下がるのもそう、遅くはなかった。










  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る