2話 高いか、安いか


「さて、と。そろそろ大丈夫か?」


 目線を姫乃の方へと向けると、申し訳なさそうにぺこりと一礼が返ってくる。


「あ、うん。待たせてごめん……」

「いや、待つって言ったのは俺だから。姫乃が気にすることじゃない」

「ですですね。ありがとう」

「うぃ。じゃあ始めるか」


 とりあえず、立ち話というのもなんなので近くのベンチの方を指さして、座るように誘導して、2人で腰掛けた。


「えーっと。まず対価のお話だ。願い事の大小に関わらず料金は一定。依頼が達成してから払ってくれればいい」

「あ、後払いでいいの?場合によってはタダ働きじゃないのかな」

「そうなんだが、これでいい。余計なトラブルは避けたいし」


 もし前払いの場合、こんな働きでこの値段かよって言われれるかもしれないからな。先に手を打っておく。


「わかった。ちゃんと用意しておく……」

「よろしく頼む。で、気になる料金だが」

「うん。私は覚悟はできてるから」


 姫乃は祈るようにして目を瞑った。


 俺はいつもこの瞬間が好きなのだ。


 依頼人の願いに込める大きさによって、高いか安いが別れる場面だからだ。


「5000円だ。この料金で固定してる」


 姫乃の表情は徐々に明るくなっていく。


「5000円かぁ、それでワンちゃんとまた会えるかもっていうなら安い、かな」

「そう言ってくれるならよかった」


 あと必要なのは……打ち合わせか。


「犬の特徴を聞いておきたい。体型とか色とか教えてくれると助かる」

「うん。そうだよね……えっとね、名前はイヌイって言って。結構ちっちゃいんだ。それでね、フサフサした茶色の斑目まだらめ模様……って、写真送った方が早いね」


 急に熱く語り出した姫乃も我に返ったのか。照れくさそうに頬をかいた。


「そうだな、写真くれ」

「えっと、何で送ろうかな、私、幸生君の連絡先持ってないし......」

「確かにそうだったわ」

「あの、じゃあさ、良かったら連絡先とか、

交換しちゃわない?なんて、言ってみたり?」


 姫乃はスマホを、顔の目下に持ってきて、上目遣いで聞いてくる。


 意外に距離を詰めてくるんだな。この子は。


 教室では本ばっか読んであんまり人と交流するイメージはなかったけど、結構簡単に気を許すんだな。


「ああ、SNSはやってないんだ。こういう仕事に関してはこのメールアドレスに頼むわ」

「だ、だよだよね。メールね。メール」


 俺が画面を見せると、それを姫乃は恐ろしく早い勢いで打ち込んでいく。


「ていうか、俺に依頼するほとんどの人はこのメールからだぞ?直接依頼されたのは本当に久しぶりだ」

「ええ!?そ、そうなの?」

「うん。逆に姫乃がどういう経緯で俺に直接依頼したのか気になるくらいだ」

「それはね、なんか五味ごみ君に相談したら、こーせーなら何とかしてくれるって」


 五味春日。《ごみかすが》

 

 俺のクラスメイトでもあり、協力者でもある。


 クラスのムードメーカで、騒がしい奴だからな。確かに行動してくれそうって面では頼りやすいか。


 てか、俺に回さず五味が引き受ければよかったんじゃ?そうすれば無料でイヌイ捜索が……って、あいつが個人的に引き受けることはないか。

 

 ピコンと電子音が鳴って、スマホの方を見る。


 どうやら、犬の写真が送られれきたようだ。


「へー可愛いじゃん」

「えへへ、そうでしょそうでしょ?」


 茶色の斑目模様の犬写真を何枚か眺めて、俺は立ち上がって伸びをする。


「じゃあ、見つけたら連絡するわ。とりあえず手当たり次第に走れ回ることにする。正直、あんま期待はしない方がいいかも」

「うん、大丈夫だよ。私もそこは何となくわかってるから。でも、少しでもイヌイと会える可能性があるなら賭けたくて」


 優しく微笑んで、姫乃は桜の方を見た。


 ひらりひらりと花びらが落ちていく。


 桜の花がいつかは全て地面に落ちるように、時間は有限だ。俺も頑張らなくては。


「さて、じゃ言ってくるわ。あと、もっと細かい特徴とか散歩ルートとかあったらメールしてくれ。」

「分かったよ。よろしくお願いね、幸生君」


 とりあえず、この広い街を1人で探し回るわけにも行かないので、アイツらに連絡した。



 

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