魔法少女みたいな君へ

1話 告白の対価

 

 春の陽気と、冬の肌寒さが共存しているこの今日みたいな日が俺は、少しだけ好きだった。


 ただ暖かいだけよりも、少しの寒さがあった方が日常に波が生まれると思うから。


 例えば、魔王を倒した後の平穏な暮らしなんていうのはどこを切り取っても退屈だ。


 俺らが見たいのはもっと前、勝つか、負けるかの手に汗を握るかのような波乱な戦い。


 果敢な勇者たちが、血を流し、希望を絶たれながらも諦めずに悪に立ち向かう波瀾万丈はらんばんじょうな物語。


 そんなのを俺はずっと望んでいた。


 でも、それは傍観者ぼうかんしゃだからこそ微かに望みを抱けることであって。


「あの、あの、幸生君。聞いて欲しいことがあって……」


 桜の木下にて、おしとやか美少女で有名な彼女、姫乃ひめのが身を捩らせながら言葉を紡いでいく。


「私もね、色々と悩んだんだよ?何度も逃げそうになって。でも、時間は有限だからさ、どうしても伝えなくちゃって、思ってて」


 胸の前で手を握りながら紡ぐ言葉は、徐々に勢いを失い、果てにはどうにか聞き取れる程に落ちていった。

 

 そして両手が力無く下ろされて、俺の方をゆっくりと見据えた。


 力強い眼差しと、暖かな風が吹きつけて俺も思わず息を呑む。


 どうしようもないほどに姫乃の気持ちが伝わってくる。


 ここで逃げるようでは俺は男として失格だろう。


 正面から受け止めると、俺はこくりと頷き姫乃の告白を待っていた。


「だから、聞いて欲しいの。私、私のね」

  

 もし、現実だったら。


 魔王も支配者もいない、ただただ平坦な日々の中でなら、俺は迷わずに平穏な世界に飛び込みたい。


 それが例え、目の前の巨乳文学美少女の告白だったとしても。


 恋愛なんてもんは、この素晴らしき平穏を壊す、大きな要素なのだから。


「私のワンちゃんを探して欲しいの!」

「ごめん、姫乃の愛は嬉しいけど」


 一瞬にして、場が固まった。


 木々が揺れる音だけが、この場重たい時間を動かしていた。


 告白じゃあ、ねえの?この流れで?


「えっと、愛犬が……え?なに?」

「んん?愛って……なに?」


 姫乃は顎に手を当てて考えるポーズ。


「うん?あ、愛?って、告白?ぇ、あぅ……」


 今まで自分が話してきたことを客観的に見たのだろう。


 姫乃はさっきの大胆な態度とは取って代わってオドオドと手を忙しそうに動かしている。


 いつもの自信なさげな姫乃に戻ったな。


「あのあの、ね?告白っていうのはワンちゃんを探して欲しいってことで……ほら、噂で聞いたの。幸生君は何でも屋だって」

「何でも屋って……まぁ、間違ってはないけど……」

「だよね、そうだよね!何でもしてくれるって聞いたんだよね!」

「だが勿論、タダじゃないぞ」

「え?」


 心の底から意外だという顔をされる。


 それは姫乃は自分ならタダで受け持ってくれると思っていたか、もしくは俺が対価なしで働くような善人だと思っていたか、というどちらかの思考の表れだと思うが。


 果たしでどちらなのか。いや、どっちでもいい。


 多分後者。だとちょっと嬉しい。


「そりゃそうだろ。こっちは願いごとを叶えるのに、労力も時間も消費しなくちゃいけない。そっちは何もないっていうのは不平等だろ?」


 鋭く姫乃を見据えると同時に、姫乃の体が跳ねる。


 姫乃は自分の身体を抱くようにして、一歩後ずさる。


「それは、そうかもしれないけど……」


 眼鏡の下に隠れている端正たんせいな顔が少し、歪む。

 

「どうしてもまた会いたいんだろ?犬に。だったら、姫乃もそれなりの対価は払わなくちゃな」

「うぅ、で、でも……私、何もないし……」

「だったら、この話は無しだな。犬とは永遠におさらばだ」

 

 俯き震える姫乃に見切りを付けた俺は、背を向けて歩き出す。


「待って!」


 またしても、らしくない声が響く。


「こ、こんな私じゃ、満足できないできないかもだけど……全然可愛くないし、愛想もなくて、それにこんな太ってるし……ホント、何も興奮できないかもだけど……イヌイのためなら私、頑張るから!」


 頬には恥じらいを浮かべながら、胸を強調して必死に語る姫乃。


 なんか、めちゃくちゃ危ない雰囲気じゃね?


「……ん?」

「あの、あの、ね?私も、脱いだら結構凄くて、服の上だとただ太ってるように見えちゃうかもしれないけど!本当に、良く褒められるんだから!」


 ってなんか急にリボンを外し始めた!?


 おいおいここは中庭だぞ!


 何処で誰かが見ててもおかしくない!


 姫乃は少し涙目でありながらも、セーラー服の裾を掴みそれを上げると、縦にまっすぐなおへそがのぞいた。


「ちょ、ちょーちょーっと待ってくれ!姫乃はとんでもない勘違いをしてないか!?」


 勢いよく腕を上げようとしている姫乃の手を握り、今すぐ動きを静止させる。


「へ!?勘違い!?え、でも対価が必要って……」

「違うからな!そういうトンデモなお願いじゃないから!そんなの要求するわけないだろ!」

「ち、ち違うの?あんないやらしい言い方しといて!?」 

「いやらしいのはお前の方じゃい!対価はお金だ。当たり前だろ!?俺を一体なんだと思ってるんだ!」

「でもでも、男子高校生はこういうのばっかり考えてるって、なぎさちゃんが」

「あの委員長、マジでぶっ飛ばす」


 男子高校生を一体なんだと……確かに咄嗟とっさに止めてしまったことに、少し後悔している自分がいる、ってそうじゃなくて!


「今から説明するから!リボン巻いて!ったく、官能小説の読み過ぎだ……」

「うう、そんなえっちなの読んでないからぁ……」


 とりあえず、姫乃がリボンを巻き終えるまで、少しだけ、休憩だ……。

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