「ハルみたいなキミへ」

ニッコニコ

プロローグ 魔法少女みたいな君へ

 放課後の空っぽな教室に彼女の鼻歌が響いた。

 

 机に頬杖をつきながらご機嫌そうに体を揺らす彼女を、俺はただただ見つめていた。


 昔から、普段は元気いっぱいで鬱陶しい女のくせに、こういう時だけは妙に魅力的なのが本当に、タチ悪い。


 俺の視線に気がついたのかハルは鼻歌をやめると、にっこりと笑った。


「ねぇ、私とキスしてよ」


 っと、ペンが落ちてしまった……。


「あー、大丈夫ー?ちゃんとしてよねー」

「そうだな、ごめん。気をつける……」


 って、え、いま、なんて?言った?


「すまん、聞いてなかった。というか理解できなかった」

「もー。一回で聞いてよね。あのね、私だって女の子なんだよ?こういうセリフって結構うがーってなるんだからね」

「いや、知らないし……てか、うがーってなに?」

「えっとね……寝る前とか、お風呂入ってる時とかに思い出すやつ」

「リアルなヤツだな」


 やっぱあれって誰にでもあるんだなぁ。


 急に恥ずかしい思い出がフラッシュバックするの本当にやめてほしいよね。


「で、私とキス、しないの?」

「いや、しない、とかではなくだな……」

「したくないの?」

「したくないとかではなくてだな……」


 答える度に春はグイグイと遠慮なく机から身を乗り出して、距離を詰めてくる。


「ちょ、っと、近いから……」


 両手でバリケードを顔の前に構えて、ハルにもっと距離を取るように促す。


「え?別にいいじゃーん」


 しかし、そんなことを気にしているのは俺だけだったようで。


 ハルは俺の手首を優しく握り、俺が建設したシャッターを直ぐに下げた。


 もちろん、今もその手は握ったままだ。


 障害物がなくなって、更にご機嫌な様子のハルは目を輝かせて俺の方へとまた身を乗り出す。


「キス、したくない?」


 言葉を発するたびに、ぷるんと揺れるその唇が何故か得体の知れないものに見えた。


 妙な背徳感に襲われて視線を慌てて逸す。


「し、したくねぇから!」

「あっそーですかー。キミ、損してるよ?」


 ハルは納得いかない様子で離れていく。


 衝撃的な出来事に、心臓がありえないくらいに鼓動しているのが触らなくてもわかった。


「ま、いっかキスだけが全てじゃないもんね。でも、キスすれば男の子はハッピーな気持ちになるって聞いたんだけどなー」

「おい待て、それは誰情報だ?」

なぎさちゃん」

「ああ、なるほどな……」


 黒髪ロングのザ真面目子ちゃんが脳裏をよぎった。


 委員長なら納得だ。


 恋愛経験なさそうだし、漫画で得た知識でアドバイスしそう。(ド偏見)


 まぁ、あのお堅い感じからは容易に想像できるな。


「むー、今、渚ちゃんのこと考えてたでしょ?」


 考えてたけども……これは仕方なくないか?


 また変なことされても面倒のなので適当に誤魔化しておく。


「別に。考えてないし」

「ほんとかなぁ。君のラインナップは清楚系が多いからなぁ」

「おいまてそれはなんのラインナップだ」

「秘密だよーだ。私が隣にいるのにそうやって他の女の子の事考えちゃうからこうなるんだよ」


 いや、まじでなんのラインナップ?


 思春期男子はそういうの敏感なんだからね?


 まじでやめてくれ。


 冷や汗が止まらない……。


「まったく。しっかりしてよね?頼むよ?私には君しかいないんだから。それに約束だって――――」

「はいはい。もうわかったてーの」

「えー、本当に分かったのぉ?」

「もともと分かってるし」

「ふーん……ならよろしい!」

「なんで威張ってんだよ」


 ハルがえっへんと偉そうにしてるのがあまりにも可笑しくて、吹き出すとハルも続けて息を漏らした。


 からからと笑いながらハルは俺の手を掴み引き寄せる。


「ちょ、」


 思っていたよりも強い力で引っ張られたため、踏ん張ることもできず、呆気なくハルの方へと寄せられた。


「へへ。これはどうかな?私の胸は、きもちい?」

「い、いや。気持ちいというか……」


 普段は下から聞こえてくるハルの声が今は上から聞こえる。なんとも不思議な感覚である。


 そして何よりも、顔に感じる柔らかな圧力。


 制服越しでも十分に伝わってくる熱と鼓動。


「なぁ、これは誰から教わったんだ?」

「ん〜?これはね〜。キミの部屋にあったマンガのシーンだよ?傷ついた主人公をヒロインがこうやって慰めてたんだよねぇ」


 自作自演とは、なんとも恐ろしい。


 まったく。あのマンガは処分しておくとしよう。


 また変な風に真似されても困るからな。


「どう、キミは今どんな気持ち?」

「さぁな」


 頭を優しく撫でられるも、その腕を払って抵抗を見せる。


 やられっぱなしというのも気に入らないのだ。


「もう!私の身体をこんなに使っておいて、まだ満足しないの?」

「表現!他にもっと言い方あるだろ!」


 ハルを突き出すように跳ね除けて距離を取る。


 自分の荒い呼吸が教室に響く。


「ふふ。やっぱりキミは面白い!これからもよろしくね?」


 差し伸べられた手に応じることなく、俺は答える。


「絶対嫌だね。ハルみたいな常識はずれの女と付き合えるほど俺はお人好しじゃない」

「だってしょうがないじゃん。まだ1年ちょっとしか生きてないんだから」

「そんなの俺には関係ない」

「えー!ひどいよう。魔法少女ちゃん泣いちゃうよぅ」

「また言ってる……」


 もう何回聞いたかわからない自称魔法少女発言に俺はため息で応じた。


「いやいや、嘘じゃないから。私はちゃんと魔法少女だよ?」

「じゃあ証拠を見せてくれ」


 どう返せれるか、わかっていながら俺は彼女に問うた。


 もちろん、返ってくる答えは同じだ。


「今、私がキミの隣にいること。それが何よりも証拠」

「どういうことだ?」


 俺が再び問いかけると、彼女は満足な顔で腰に手を当てて胸を張るのだ。


「だって」


「キミを幸せにすること、それが私の使命だからね!」


 そして、アイツと同じ顔で、ハルは笑うのだ。


 本当にツイてない。


 お返しと言わんばかりに、俺は大袈裟おおげさに肩をすくめた。

 


 


 

 



 


 

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