役得

涼月

依頼

 Lineの着信音に、夕食後のまどろみタイムがぶち壊された。

 でも、相手を確認して心が弾んだこと。自分だけは誤魔化せないな。


 幼馴染の優花ゆうかだった。と言っても、今は別々の大学に行っていて、ここ二年間はほとんど会っていない。高校とか中学の同級生とつるむ時に、大勢の中の一人って感じで絡むくらいで。

 それに……彼氏ができたって聞いていたし。

 

 一体、何の用だろうか?


『翔太! 頼みがあるの』

『いきなりなんだよ』


 ひさしぶりとか、元気? とかの前置きも無く頼み事ときたもんだ。


『割りのいいアルバイトがあるんだけど、やるよね』

『なにその断定的な言い方。怪し過ぎる』

『怪しくないって。簡単だって』


 優花のやつ。昔から俺にだけは上から目線で言いたい放題言ってきやがる。

 まあ、ガキの頃からのつきあいだからな。俺の情けない姿もいっぱい知られているし。だから言いやすいんだろうなと、大目に見てやっている。


 彼女も俺も主人公になれるようなタイプでは無いけれど、脇役その二、くらいの位置でそれなりに楽しく生きている。人間関係で物凄く困ったと言うことも無いけれど、華やかな舞台とも縁遠い。そんなごく平凡な人生を送ってきた。今までは。

  

『アルバイトって、何すんだよ』

『ほらね。翔太なら興味持ってくれると思った。二週間後のサークルのクリパで彼氏役をしてほしい』

『誰の?』

『あたしの』

『はぁ?』


 なんだ、それ!


 俺は思いっきり呆れ顔のスタンプを送ってやった。


『彼氏と喧嘩でもしたのかよ』

『もういない』


 別れたってことか……


『親友と思っていた子に寝取られた!』

『悔しい!』

『見返してやりたい!』

『協力して!』


 立て続けに送られてきた恨み節。


 おっと、それはご愁傷様だな。

 でも、心の奥底でチャンス到来とほくそ笑む自分がいた。

 

 告白できるような雰囲気じゃ無いし。

 そもそも告白する勇気も無いけれど。

 

 あれ? 俺めちゃくちゃ情けないヤツだな。地味に落ち込んできたぞ。


 そんな俺の気持ちには頓着無く、怒涛の文字列が届く。


 サークルのイケメン先輩にダメ元で告白したら、いい感じの返事をもらって付き合いだしたのだが、華やかなステージ慣れしていない優花は、先輩と会うたびに緊張して失敗をやらかしていた。

 でも、そんな姿も可愛いと優しくフォローしてくれていたので、いい人だなとの感激していたら、大学で仲良くなった友人に寝取られたと言うことらしい。


 信じられないと泣いて責めた優花に、二人の理不尽な返事。


 イケメン先輩からは初心うぶなところが今までの彼女たちと違って新鮮だったから付き合ってみたけれど、やっぱりつまらない女で飽きたと。

 親友モドキからは、私の引き立て役のあんたに、藤咲イケメン先輩を取られたなんて悔しかった。身の程をわきまえないからこうなるのよ、と強烈な言葉を浴びせられたとのこと。


 この一週間、泣いて泣いて不細工な顔になってさらに泣いて。

 やっぱり許せないと、復讐を誓ったのだそうだ。

 

 サークル主催のクリスマスパーティーまでに彼氏を作って、余裕のある自分を見せつけてやるんだと。


『浮気先輩からは、お前は直ぐから萎えるって言われた。酷いよね。そんなの仕方ないじゃん。目の前に綺麗な顔があったら緊張するに決まってるじゃん。好きだから上手く話せなくなっちゃうんだよ。それなのに酷すぎる』


 そんな男とは別れて正解だ! と言ってやりたいけれど、優花はまだそいつのことが好きみたいだから悪口は藪蛇やぶへびのような気がする。俺は複雑な気持ちを飲み込んだ。


 要するに、直ぐに彼氏を作るのは無理だけど、見返してやりたいから代役をたてようと思い立った。その時うってつけと思いついたのが俺ってこと。

 絶対彼女がいないと決めつけているなんて、失礼な奴だな。


 ま、その通りだけど。

 

 カッコよくも無いし、好きでも無いから緊張しない。

 つまり、こと無く余裕の態度を見せつけられるってことか。


 はいはい。わかったよ。


 俺のハートはぎったんぎったんにちぎれまくったけれど、幼馴染のピンチだからな。協力くらいはしてやるよ。


 結局、俺はそのバイトを引き受けた。


 パーティーで二時間ほど彼氏役を引き受けるだけで五千円もらえるっていう、優花曰く美味しいアルバイトをな。

 

 

 


 

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