第2話

起きた頃には朝だったので学校へ行った。


すると、担任の教師が行方不明になったと説明があった。


その日は自習が多くなった。



学校の帰り、小屋へ行くと猫が居た。

けれど少し猫は大きくなっていた。


そして──

「あれ?」

猫の尻尾が増えていた。

瞬きしてみてもそれは変わらない。


二本ある。


一本はふわふわの黒い尻尾。

もう一本はゆらゆらと陽炎のような細長い黒。そちらはまるで何かの影が細長い立体として浮き上がったようだった。



「それ?大丈夫」

しゃがんで話しかけると、いつも通り猫が寄ってきた。可愛らしく鳴いて、なんともないという風に大きな体ごと擦り付けてくる。


「なら……いいのかな」

こういう時に相談できる大人を私は知らない。どうすればいいんだろうと首を傾げていると、猫が鳴く。


相変わらずまんまるな目で私を見てくる。

「今日も話聞いてくれる?」

この目を見ると不思議と気が楽になるようだ。

確かに怖いと思った時もあるが、今ではなんともない。


猫に会えてよかった。

猫は本当に素晴らしい。


猫は私の──


猫は──


猫──が










猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫──





猫がこちらを見ている。








気づいたら私は学校に居た。


階段がよく見える玄関。

夕暮れ時らしく、校舎に差し込む色で中は赤く染まっていた。


よく分からずにぼうっと目の前の階段を見ていると誰かが降りてくる音がした。

踊り場まで来たところで、その姿が見えた。


今日猫に話した同級生の一人である。


何故か同級生の影がなかった。

階段に降りかかる影はどこにもない。


それどころか様子がおかしかった。


同級生は虚ろにがくんがくんと首を揺らしながら段差に足をかけ──


「あっ」


私は一歩も動かずにその光景を見つめていた。



同級生は鈍い音を立てて階段から落ち、動かなくなる。

「にゃあ」

いつの間にか隣にあの黒く大きい猫がいた。

体がまた大きくなり、尻尾が三本に増えていた。



「もしかして……猫がやったの」

「みゅぅるる」

猫はご機嫌に鳴く。


その時──


また鈍い音がした。


音のした方を見ると今度は一つ上の先輩が床に落ちていた。しかも、私の同級生の上に奇妙な格好で。



「ふっ」

思わず息を吐き出す。


「あっはははははははははははははははははははははははははは!!」

お腹を抱えて笑う。こんなに笑ったのは生まれて初めてかもしれない。


「最っ高だよ! 面白い! すっごく面白いねぇ!!」

笑いが止まらない。本当に凄い。

だっていじめてくる奴があんな風に動かなくなるなんて面白くないわけがない。

「にゃむむるるる」

猫があの気味の悪い笑顔を浮かべた。

けれど今度は怖くなかった。


なんだ、可愛らしいじゃないか。

今までの私の感じ方がおかしかっただけなんだろう。


猫はすくりと二本足で立った。かと思うと、とことこと歩いていって二つの気持ち悪い肉の塊の上でケラケラ笑いながら踊り出した。

「上手! 上手!」

私も猫のそばへ行き、偶に肉の塊を蹴飛ばして合いの手を入れる。

「楽しいねぇ! 楽しいねぇ!!」



猫と私で仲良く笑いあった。夕暮れの校舎では私達の笑い声だけが響いていた。






「はははっ……あはっ……あれ?」

はっとする。今度は自分の家に居た。

先程までの校舎はどこへやら。いや、今はそんなことはいい。

「猫……?」

猫はどこに?




「おかえりなさい」

背後から聞き覚えのある声がした。

懐かしい声だ。


この声は──


「……」

振り返るとそこには「お母さん」が立って居た。


「今までごめんね? これからはずっとお母さんが傍にいるからね」


そう言って「お母さん」は──



可愛らしく笑った。


猫のように。



「お母さん……」

「なあに?」

「……」


私は駆け寄り、そのまま「お母さん」に抱きつく。

「……ずっと一緒だよ」

「勿論よ」

優しく抱きしめてくれる「お母さん」の顔を見あげると、「お母さん」の瞳孔がきゅうと細くなった。



私達はにこにこ笑った。

楽しい。楽しい。楽しい。

嬉しい。嬉しい。嬉しい。

「お母さんのふわふわした格好も可愛いよ」

「あら、じゃあ偶にはそっちにもなろうかしら」

他愛ない話に花を咲かせる。


「尻尾何本までできる?」

「え〜、何本までかなあ?」


二人で首を傾げる。



暫くすると「お母さん」は自分の頬を私の頬に擦り寄せて囁いた。


「可愛い友達で……可愛い娘の為なら」


黒くてゆらゆらしたものが背後に広がった「お母さん」と目が合う。



「お腹いっぱい食べて作ってあげちゃう。 にゃむむるるるる」




大好きな「お母さん」。


優しい「お母さん」。


私の大切な「お母さん」。






今日もとっても素敵だよ。






















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影を喰む 猫本夜永 @rurineko

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